NHLという頂上へ。11歳での海外挑戦から10年、限りなく近づいた「夢」を掴む~磯谷建汰選手インタビュー

取材・文/アイスプレスジャパン編集部 取材協力/OVERBAY
いま、日本人選手でもっとも”NHLに近い”存在
これまで日本人選手が誰も歩んだことのないルートを切り開く。
8月7日に磯谷建汰選手が北米プロリーグAHL(NHL2部に相当)のオンタリオ・レインと2年契約を結んだことが発表された。契約初年度はAHLとECHL(NHL3部相当)との2WAY契約、2年目はAHL単独での契約を勝ち取った。これはGK以外の日本人プレイヤーとしては磯谷建汰選手が初めてだ。オンタリオ・レインはNHLロサンゼルス・キングスとのアフィリエイト(提携)を結んでおり、シーズンでの活躍いかんによってはNHL契約のオファーをされる可能性も十二分にある。
↑磯谷建汰選手がAHLと2年契約を締結したことを伝えるOVERBAYのInstagram
長野県軽井沢町出身の少年はNHLプレイヤーになるという目標を見据えて11歳にして海外挑戦という道を選んだ。ロシアをファーストステップにオーストリアへ。そして北米へと戦いの場を移す。才能あふれるプロスペクト(有望選手)が集まるジュニアリーグの1つUSHLで3シーズン、そして精鋭揃いのジュニアリーグWHLでも2シーズンを戦いぬき、乞われて移籍したカナダのヴィクトリア・ロイヤルズではプレーオフ11試合で6ゴール11アシストの成績をあげた。
この秋からはいよいよ年齢上限のないプロリーグ・AHLでの挑戦が始まる。長くアイスホッケーを見続けている日本のファンにとっても日本のアイスホッケー界にとっても、福藤豊(栃木日光アイスバックス)選手が2006年12月15日にNHLロサンゼルス・キングスに呼ばれて以来の「NHLへのコールアップ」は悲願といって良いだろう。
磯谷建汰選手はシーズンインを前に9/17までの日程で行われているルーキーキャンプ『Golden State Rookie Faceoff』に参加し早速ゴールを挙げるなど順調な新シーズンのスタートを切っている。2025-26シーズンはAHLオンタリオ・レインの試合、そしてそこで素晴らしいプレーを繰り広げる若武者の活躍に刮目したい。磯谷建汰選手による「前例のない挑戦」が幕を開けようとしている。

↑磯谷建汰選手はNHL公式サイト(2024年5月20日)の記事で特集もされている⇒リンク
気負わず普段通りのプレーをAHLでもできれば、自ずと結果は付いてくる
リモートによるインタビューは、ロサンゼルス・キングスのNHLルーキーキャンプに参加する直前、現地時間の8月28日に行われた。まさしくその日は磯谷建汰選手の誕生日。21歳となったばかりの磯谷建汰選手だったが、非常に落ち着いたトーンでこちらの質問に答え、気負うことなく自分のプレーを貫くことが大事だと話す。その口調にはここまでキャリアを積み上げてきた自信が醸し出す空気感も自然と伝わってきた。
――今季からAHLオンタリオ・レインでのプレーが決まりました。AHLと2年契約というのは磯谷建汰選手ご自身にとっても嬉しかったと想像しますが、オンタリオ・レインでのプレーを選んだ理由はなんでしたか?
磯谷建汰選手(以下、磯谷と表記):そうですね。自分自身としてもやはりチャンスを与えてくれるチームが1番だと思ったのもあります。チームからきちんと育てたいと言ってもらえて、もしAHLで満足のいくアイスタイム(出場時間)がない場合に、1年目はECHLで多くのアイスタイムを確保するオプションまで付けてもらえた。ロサンゼルス近郊はアイスホッケーをプレーする環境的にも過ごしやすい良い街だとも思うので……そのあたりですね。
――まずシーズンを前にロサンゼルスでのNHLルーキーキャンプに参加するのが今季のスタートと聞きました。AHL参戦に向けて今の率直な気持ちというか期待の部分は?
磯谷:まずはチームに残ることです。ハイレベルなホッケーになることは間違いないのでやっぱりそこは楽しみです。多分今までのジュニアリーグとは違ってみんな大人の選手なんで身体も出来上がっていて……みんな当たりも強いでしょうし、ヒットの強さとかボディーサイズ自体も違うと思うので。
――AHLで活躍するためのイメージはもうできていますか?
磯谷:別にこれといったイメージはしていません。まずはルーキーキャンプに参加して、という感じです。
――気負うことなく普段の自分のプレーを出していく、そんな感じですか?
磯谷:はい。それができれば、おのずと良い結果が出るというか、良い方向に進んでいくと思っています。
――お兄さんの磯谷奏汰選手(レッドイーグルス北海道)にインタビューしたときに、このオフは建汰選手も長野の実家に帰ったりする時間はなくて会えたのは日本代表のキャンプの時だけでした、と話していたんですが、建汰選手はこのオフ、どんな過ごし方をしていたか教えてください。
磯谷:このオフでは代表合宿以外はずっとカナダ・ペンディクトン市でトレーニングしていました。内容としてはやっぱりパワーを付けること、スピードを磨くこと、それからウエイト(体重)をつけるところも意識していました。いまは体重が80kgくらいですが目標というかベストウエイトは80~85kgの間くらいなので、その幅をキープするようにしていきます。
結果を出すためには、コミュニケーションも重要。とにかく「話す」こと
磯谷建汰選手は昨シーズン途中でWHLウィナッチー・ワイルドからヴィクトリア・ロイヤルズに移籍。ヴィクトリアがプレーオフを見据え優勝へのラストピースとして乞われてのトレードでもあった。その移籍がキャリアにおいてもその先を切り開く「転機」になった。
磯谷:最初のチーム(ウィナッチー)ではチーム自体が勝てていなかったので自分自身もストレスがたまるというか苦しんだので。でもその苦しい状況の中でやるべきことはやりきれたことは確かでした。ヴィクトリアにトレードされてからはチームも結構な波に乗っていたと思うのでやりやすかった、というのはある。それから上手な選手も多くいたのでそんな彼らと一緒にプレーできた、という点はやはり変われたきっかけにはなったかなとは思います。
――チームメイトが変わると建汰選手のプレーも変わる?
磯谷:それはあると思います。ラインメイト(同じラインの選手)に引き出される部分が絶対にある。それから、心掛けているのはやはり「話すこと」です。とにかく話しをすること、それがやはり1番コミュニケーションが取れると思うので。練習中でもそうですし、試合でもそうですし、コミュニケーションというかラインメイトと良い関係を築くことができれば氷上でも合ってくるというかやりやすくなるのではと思っています。
――カギはどんどん積極的に話す、ことなんですね
磯谷:人間関係的にもっと深い付き合い、友達みたいな関係になれた方が氷上でもやりやすくなると思います。
――そういった姿勢というか普段からの考え方がプレーにも良い影響をもたらすんですね
磯谷:やはり、良かったなと思ったのはトレードされてから3試合目で決めたヴィクトリアでのファーストゴールです。移籍直後の試合でもオーバータイムでアシストを記録することができたのですが、やはり自分が一番得意な形というか、ドライブから決めるところまで持って行けたあのゴールが印象に残っています。
↑ヴィクトリア・ロイヤルズでのファーストゴールを伝えるInstagram
このゴールを奪ったことでWHLヴィクトリアでの流れは一気に好転する。その後はチームメイトとのコミュニケーションがますます深まったこともあり、レギュラーシーズン21試合を駆け抜けて17ゴール23アシストを記録するなど、磯谷建汰らしさをふんだんに発揮した。チームへの貢献度を示す指標である+-(プラスマイナス/帯氷時間中に得点すれば+1、失点した場合-1)では驚異のプラス31をマークし、北米各地のスカウトをして“チームを勝利に導けるプレイヤー”という評価が高まったことは間違いない。結果的に昨シーズンは58試合に出場、32ゴール46アシストの78ポイントという成績をマークしてジュニア最終シーズンを終える。

原点は「ホッケーが楽しい」という気持ち。上達への1番の道と信じ海外へ
――そもそも建汰選手にとって、厳しい環境に身を置いてでも挑戦して上を目指す原動力というかモチベーションはどこから生まれてきていると感じますか?
磯谷:“ホッケーが楽しい”という気持ちが1番だと思います。やっぱりアイスホッケーが楽しいからやっている。それが1番の理由ですかね。子どものころを思いだしても、気づいたころにはアイスホッケーの面白さにハマっていた感じです。
――海外で挑戦しよう、と考えたきっかけというか、思いはどこから生まれてきた?
磯谷:やはりホッケーのレベルの差があったことからです。上手くなるためには上のレベルで戦える環境で上手な選手と一緒にプレーすることが多分1番の道だと感じたので。それで海外に行くことを選びました。
――日本で所属していたチームのロシア人コーチ(ワシリー・ペルウーヒン氏)に勧められたこともあり、若くして海外挑戦を選んだ。最初に行ったときは苦労などありましたか?
磯谷:最初はとにかく言葉ですよね。コミュニケーションも取れないですし、そこは大変でした。
――海外への挑戦はかなり勇気のいる決断だと思います
磯谷:たしかにそうですよね……今思うと。ただ、その時に1年先にロシアへ行っていた兄(奏汰選手)から現地の状況を知ることができたのが、当時挑戦の後押しになったとも感じています。
――不安を払拭するための1つの要因になった?
磯谷:はい。しかしロシアは言葉の壁や国家のシステム的に挑戦を続けることは結果的に難しくなってしまった。そこで前年から兄のオーストリア行きをサポートしていただいていたOVERBAYさんに自分もお世話になることを決めました。今では6年、いや7年目になるのかな? チームとの交渉はじめ色々な部分で助けてもらっていますし、相当な部分でサポートをしてもらっているので、プレイヤーとしては完全にホッケーに集中できている。もし海外に挑戦して上を目指したいと考えているのなら、エージェントは付けた方が良いと経験からも間違いなく思います。
兄・奏汰とともに日本代表を悲願のトップディビジョン昇格へ
7月に行われた男子ユースキャンプでは兄・磯谷奏汰選手とともに日本代表に招集された。来年5月に予定されている世界選手権ディビジョンI-Aでの活躍もおおいに期待が膨らむ。日本代表は6チーム中2位以内に入ればトップディビジョンに昇格できるチャンスだ。代表への思いを改めて聞いた。
↑今年7月に行われた日本代表ユースキャンプ参加を伝えるOVERBAYのInstagram。左から石田陸選手(ECHLブルーミントン・バイソン)、磯谷奏汰選手(アジアリーグ レッドイーグルス北海道)、磯谷建汰選手(AHLオンタリオ・レイン)、榛澤力選手(アジアリーグ HLアニャン)
――日本代表で戦うことへの思いはいかがですか?
磯谷:これまでなかなかタイミング的に噛み合わずに代表には合流できていなかったのですが、やはり国の代表として戦いたいという思いはあります。世界選手権も出られるなら、やっぱり出てみたい。
――実際に合流してみて代表への思いが強くなった?
磯谷:はい。合宿に参加してみて、日本代表もレベルの高いプレーをしていると感じましたし、代表に選ばれて世界選手権に出られるなら、やっぱり出てみたい、と思います。もちろん、いつかはオリンピックにも。
――改めて、AHLでの挑戦が始まる今季への意気込みを聞かせてください
磯谷:NHLでプレーすることは小さなころからの夢。その夢を叶えるために、厳しいことやキツいことの方が多いとは思いますが、それを乗り越えてNHL契約へ向けて頑張っていきたい。NHL入りは「ある」と自分でも信じているので。どんなキツいときでも結果を出して、乗り越えていきます。
AHLからNHLへ。「ファンの皆さんには、プレーメイクとスピードに注目して欲しい」
インタビューで磯谷建汰選手はファンにどんなプレーを見てもらいたいか? という質問に「やはりプレーメイキングの部分とスピードです」と答えてくれたが、ルーキーキャンプ『Golden State Rookie Faceoff』で見せたプレーにはその言葉通り、磯谷建汰選手の魅力がふんだんに詰まっていた。
9/11~17までの日程にてロサンゼルスで開催されたNHLルーキーキャンプ。そこでの試合で建汰選手はさっそくゴールを奪っている。ニュートラルゾーンからドライブで自ら切り込み味方にパス、そして味方が放ったシュートのリバウンドにいち早く反応しきっちりと詰めて得点まで持っていった一連のプレーはまさしく「プレーメイクとスピード」という彼の特長そのものだった。
Kenta Isogai goes hard to the crease and cleans up the rebound to make it 4-0.#GoKingsGo #TheFutureIsTeal #LAKvsSJS #RookieFaceoff pic.twitter.com/Vd8M3LuvOo
— LA Royalty (@LARoyalty1967) September 13, 2025
↑ルーキーキャンプ『Golden State Rookie Faceoff』でのゴールシーン。ロサンゼルスのファンに鮮烈な印象を残した
AHLオンタリオ・レインの本拠地はロサンゼルスから東へ約95km、車で1時間強の距離にある。その物理的距離よりもAHLとNHLのあいだにあるギャップは我々が想像する以上に厳しく広いものだろうが、磯谷建汰選手はそのギャップをひらりと跳び越えられる非凡な才能をさっそくルーキーキャンプで示してくれた。今季、AHLでの磯谷建汰選手のプレーから目が離せない。
【磯谷建汰選手 プロフィール】
磯谷建汰(いそがい けんた)。2004年8月28日生。長野県軽井沢町出身。180cm80kg。
フォワード。レフトハンド。
軽井沢バファローズでアイスホッケーを始め、埼玉ジュニアウォリアーズを経て1年先にロシアに留学した兄・奏汰(現・レッドイーグルス北海道)を追う形で海外挑戦をスタート。オーストリアOkanagan HC Europeを経て2020-21シーズンから北米USHLヤングスタウン・ファントムズで3シーズンプレーし優勝も経験。2023-24シーズンからWHLへ戦いの場を移し、ウィナッチー・ワイルドで2024-25シーズンまでプレー。同シーズンの途中でWHLのヴィクトリア・ロイヤルズへ移籍しレギュラーシーズン31試合に出場し17ゴール23アシスト。プレーオフでも11試合出場で6ゴール11アシストをマークした。2025-26シーズンはNHLロサンゼルス・キングスと提携しているAHLオンタリオ・レインでプレーし、NHLへの昇格を目指す。