地下鉄職員から“帰ってきた”GKが3連勝 HLアニャンのイ・ヨンスン「引退するかもと悩んだのに比べれば……」

グリッツの攻撃を跳ね返すイ・ヨンスン。今季先発起用された試合は3試合ともすべてチームを勝利に導いた

取材・文/今井豊蔵 写真/今井豊蔵

アジアリーグアイスホッケー2023-24シーズン
11/5(日)@KOSÉ新横浜スケートセンター 観衆:675人

横浜グリッツ 2(1−0、1−4、0−1)5 HLアニャン
ゴール:【YGR】杉本、三浦 【HLA】ユ・ボムソク、イ・ジョンミン、アン・ジンフィ2、イ・チョンミン 
GK:【YGR】小野 【HLA】イ・ヨンスン
シュート数:【YGR】37  【HLA】39

サブGKを積極起用する方針に転換したHLアニャン。かつてデミョンでプレーしたイ・ヨンスンが奮闘

昨季、アジアリーグ7度目の優勝を果たしたHLアニャンが、いよいよ変革期を迎えている。
2018年の平昌五輪をめざして強化された選手は少しずつ現役を退き、ほぼ韓国代表とも言えるチーム力を維持するには、世代交代が不可欠だ。2014−15シーズンから加入し10年目、昨季は驚異のセーブ率94.22%を残した韓国の守護神、GKマット・ダルトンの「次」も考えなくてはならない。

昨季のレギュラーリーグ40試合のうち37試合に先発したダルトンを、今季はシーズン序盤から休養を与えながら起用している。
代わりに先発マスクをかぶるのはGKイ・ヨンスンだ。かつてアジアリーグのデミョンに入団したものの、新型コロナ禍の最中にチームが廃部となった。その後は兵役の義務を果たして今季アニャンに入団。4年ぶりにリーグに登録された。

5日、敵地新横浜で行われた横浜グリッツ戦で今季3度目の出場。37セーブ2失点でチームを勝利に導き、これで先発試合は3連勝だ。
第1ピリオド7分28秒、グリッツのFWアレックス・ラウターが敵陣に持ち込みミドルシュート。イ・ヨンスンは反応したものの、左手のキャッチをかすめたパックがゴールライン上を転々。これをFW杉本華唯に押し込まれ先制を許した。

「最初のゴールを許したのは失敗でした」と言うイ・ヨンスンだが、そこからは落ち着いたセービングを見せた。腹をくくれるだけの理由があるのだ。
「引退するかもと悩んだことに比べれば……。何も見せられないのはとにかく残念だと思ってプレーしていますし、機会をもらった時にはとにかく全力を尽くしています。この時を待っていたんですからね」
柔和な表情の裏に、強い意志がある。

地下鉄勤務のかたわら氷上練習「たった2試合しか出られなかったから…」

かつて所属したチームの解散、兵役、ブランク……それでもALに戻ってきた

韓国の成人男性には兵役の義務がある。かつては、アジアリーグにも参加した軍隊チーム「尚武(サンム)」でプレーし、その期間を消化する方法があった。ただ平昌五輪後にこの制度は無くなった。さらにデミョンとハイワンが続けて廃部となり、アイスホッケーを続けることさえ難しくなった。

イ・ヨンスンも兵役に行かなくてはならなかった。2021年の3月限りで所属していたデミョンが解散し「軍隊にいかなければならないのはわかっていましたし、ここで行こう」と直後の4月からの入隊を選んだ。ただ股関節の故障歴があり、いわゆる「社会服務要員」として公務員のような生活を送ることになる。イ・ヨンスンの職場は、ソウルを縦横無尽に走る地下鉄の駅だった。

社会服務要員の兵役期間は21か月に及ぶ。戻るべきデミョンはすでにない。そうなれば頭をかすめるのは現役引退だ。
「引退しようという考えもありました。でもデミョンの時、アジアリーグにはたった2試合しか(先発で)出ていないじゃないですか。もっとやりたいなと思って……」。母校の高麗大学を含む大学チームにコンタクトを取り、氷に乗せてもらっていた。地下鉄での勤務は夜勤もあったが、その間に練習するという日々が続いた。そして昨秋、アニャンから契約したいとの連絡を受けた。

デミョンでの試合出場が少なかったのには理由がある。当時の主戦はアレクセイ・イワノフ(※)。2018−19シーズンに、ダルトンをも上回るセーブ率94.82%を叩き出したGKが大きな壁となって立ちはだかった。そして、なんとか移籍したアニャンでもダルトンがいる。外国育ちのGKが、若いGKの試合出場を阻んでしまうという構図は、少し前の日本と同じだ。

※アレクセイ・イワノフ=元カザフスタン代表GK。2018-19アジアリーグベストGK&レギュラーシーズンMVP。2009-10にカザフスタンリーグMVP受賞。ロシアとカザフスタンの二重国籍。

リーグ史に残る2人のGKのサブ「いつ辞めても後悔がないように」

代表級助っ人GKのサブとしてチームを支える日々が続いたが、今季は遺憾なくその実力を発揮している

アジアリーグの歴史上でも有数のGKたちの「サブ」でい続ける心境は、どんなものなのだろう。「イワノフは、どんな時でも一生懸命にやらなければいけないのを見せてくれた。あのレベルのGKがです。今はダルトンに、GKの技術も教えてもらっています。こちらから聞きながら」と彼らに感謝する一方、こうも続ける。「いつ辞めることになっても後悔がないように、全力を尽くすゴーリーになりたいんです。いつ機会が来てもいいように。私がもしダメなら、他の選手にチャンスが行ってしまう。今は年齢も少し食ってしまったので」。

そのダルトンも若手時代、大きな壁に前をふさがれたことがあった。2009ー10シーズンのスタッツにはNHLでの経歴が残るものの、出場試合数は0。当時のボストン・ブルーインズにはティム・トーマス、トゥッカ・ラスクという、それぞれの国の代表に選ばれるクラスのGK二枚看板がいた。「NHLのベンチには2週間くらいいたのかな」と振り返るダルトンに当時の心境を聞くと、今のイ・ヨンスンと同じ答えが返ってくる。

「とにかく一生懸命、準備するしかないんだよ。チャンスはいつくるかわからないんだからね」(ダルトン)

話は5日の試合に戻る。第2ピリオド1分23秒、高麗大学の後輩に当たるDFユ・ボムソクが同点ゴールを決めた。真っ先に駆け寄られハグされたが「覚えてないんです。緊張しすぎて」と笑った。
「1試合1試合、全力を尽くすGKになりたい。引退するかもって悩んだことを考えれば、なんでもできるはず」。今季が終わる時にどこまで成長しているか。チームだけでなく、韓国代表の未来にも関わる。

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