アイスホッケー業界を変える! 横浜グリッツ・池田涼希x注目スタートアップ起業家(静岡国スポ主将)・松村夏海が語り合う『マイナースポーツにおけるデュアルキャリア』(中編)

取材・文/アイスプレスジャパン編集部
北海高校コンビでアイスホッケー業界を変える! そんな気概を見せてくれている若者2人、横浜グリッツの背番号97・池田涼希(いけだ あつき)選手とスタートアップ起業家・松村夏海さん(国スポ静岡県代表)の対談企画、その第2弾をお届けする。
「前編」では池田選手がグリッツを選んだ理由、またデュアルキャリアでプレーしたことで見えてきたもの……などどちらかというとアイスホッケーのプレーや準備についての競技寄りの話が中心だったが、第2弾では切り口を大きく変えてお届けしたい。
テーマは「マイナースポーツのデュアルキャリア化が進むと社会の何が変わるか?」
”プロ選手としても一流、企業人としても一流であれ”という言葉を掲げ、アイスホッケーのプロチームとして、また当時他競技を含めても日本で初めて「デュアルキャリア」という雇用形態を掲げてアジアリーグアイスホッケーに参入した横浜グリッツ。その横浜グリッツが2021年にアジアリーグアイスホッケーに加盟する前と後では、アイスホッケー選手のキャリア形成への道筋が大きく変わり、それによって選手の意識も大きく変化したことは間違いない。現在は、それまで完全なプロとして他チームでプレーしていた選手が、現役中でも企業人としてのキャリア形成を始めることができるデュアルキャリアのメリットに気づき、あえて横浜グリッツに籍を移す選手も増えてきた。選手として引退を決断してから次のキャリアを探すのではなく、プレーを続けながら興味ある仕事に打ち込みキャリアを積む、そんな形で長いスパンで人生を考える選手が出てきたことは、マイナースポーツにとってひとつの大きな転換点だったといえよう。
その2021年当時に早くもデュアルキャリアでプレーすることを決め、いまやその先駆者である池田涼希選手。そして会社を経営しながらアマチュアの最高峰の大会である国スポに出場し、静岡県チームの強化を進めるのみにならずアイスホッケー競技全体の発展にも寄与したいとその情熱をぶつけている松村夏海さん。
アイスホッケー業界の変化をもたらす原動力となるべく、それぞれの立場で全力で戦う若者2人、池田涼希x松村夏海が熱い思いをぶつけ合った対談第2弾をお届けする。

マイナースポーツの変革を加速させる「デュアルキャリア」という形
司会IPJ関谷(以下、IPJで表記):池田選手の横浜グリッツ入団からここまでの経験をベースに、デュアルキャリアというそれまでなかった概念でトップリーグの選手として戦うというプレー面にフォーカスしたお話しに触れたのが前編でした。ここからはがらりと目線を変えてスポーツとビジネスの関連性などについても話をしていければと思っています。
デュアルキャリアというスタイルはアジアリーグアイスホッケーの横浜グリッツが先駆者であることは間違いなくて、グリッツができて6年目となった今、デュアルキャリアは他のスポーツでも取り入れられるようになってきました。マイナースポーツにとってはもうデュアルキャリア化は大きな流れとなっています。そのあたり、デュアルキャリア化が進むとスポーツ界、特にマイナースポーツと呼ばれる競技の将来がどう変わってくるのか? お2人の考えをぜひうかがってみたいです。
池田涼希選手(以下、池田と表記):そうですね。横浜グリッツに入って本当に良かったと思っているので、これからスポーツで食べていきたいと考えている高校生や大学生、若手世代のプレイヤーにとって参考になることを話せれば良いなと思っています。
松村夏海さん(以下、松村と表記):先ほど関谷さんから指摘のあったポイントもそうですし、自分は経営者なので、デュアルキャリアでスポーツと仕事を両立させる選手が多くなるとどんなメリットが企業側にもたらされるのか、などを経営者目線で掘り下げていけたら良いですね。
IPJ:ぜひお2人ともよろしくお願いいたします。
競技を突き詰めるか? ビジネスを中心に考えるか? そのどちらにも「答え」は見つかる
IPJ:まずお2人のアイスホッケーへのスタンスの違いがあって、池田選手はデュアルキャリアでプレーすることを選んでトップリーグに入ったけれども『ビジネスもするけど、アイスホッケーを中心にホッケー選手として生きていきたい』という方向性ですよね。
そして松村さんは、前編でも触れたように大学の途中で、『ビジネスを中心に、アイスホッケー選手としても活躍していきたい』という判断をされた。お2人のように、スポーツと向き合うスタイルの差はこれからの若い選手や大学生にとってもついて回るコアの部分だと思いますが、スポーツ界、特にマイナースポーツの世界ではどう形を作っていくべきなのか? 議論になるところだと思います。いかがですか?
松村:もちろん僕も池田選手のようにプロ選手になりたいという思いで法政大のアイスホッケー部に入部しました。ただ、在学中にある程度その先を考えたんですね、「アイスホッケーに時間をかけていった先の未来はどうなるのか?」と。大学でプレーしながら真剣に考えました。スポーツ選手って競技を引退した後のセカンドキャリアがどうしても不安になる側面がある。そのように考えを巡らせたときに、どちらかというと仕事に人生の時間を振った方が将来的にレバレッジがかかるかな、と思ってこの道を選んだというところはあります。
IPJ:横浜グリッツが発足したのが2020年ですが、その前の2015年あたりから大学リーグで活躍するトップ選手がトップリーグであるアジアリーグではなく安定した雇用を見込める社会人チームを選ぶことが増えていた。その頃は老舗チームの廃部もあって「アイスホッケーでは食べていけない」と考える学生も多かった。そんな雰囲気が続いていた時代に、明治大のトップ選手である池田選手がデュアルキャリアを掲げる横浜グリッツを選んだインパクトは大きかった記憶があります。
池田:確かに当時はそんな雰囲気でしたね。でも横浜グリッツがデュアルキャリアを推進するということで「これだ!」とは思いました。もちろんここまで単純な話ではなく、自分としても進路選択はかなり考え、悩みましたけれども、トップリーグで戦いながら収入もある程度確保できるという仕組みはとても斬新でしたよ。
松村:そして僕は起業家でありつつスポーツ選手という方向を選択した。涼希の前で自分はスポーツ選手だー、って言うのはちょっと恥ずかしいんですけれども(笑)、こういう考えのもとキャリアを選んだ。

GRIT=「やりぬく力」を持つ若者の思いを企業が生かせる仕組み作りへ
IPJ:その2人の判断の差というかそれぞれのご経験があるなかで、アイスホッケーだけでなく、いわゆるマイナースポーツと呼ばれている競技において、スポーツと選手と受け入れ企業の三方一両得になるようなモデルが作れるのでしょうか?
松村:その論点で1つ申し上げたいのは、大学でスポーツに打ち込んできた選手ってやはり社会人になった後にも「企業が求める資質への親和性」って間違いなくもっていると思います。それこそ横浜グリッツではないですが、やりぬく力(GRIT)です。この時代において、デュアルキャリアの選手を採用する、それは企業にとってもプラスになるのではと強く感じています。
僕が今、なぜ国スポでアイスホッケーをやっているかも含めてお話をすると、1つ目は、涼希と反対に起業家としての行動をとりながらも、スポーツ選手として活躍できるからこそ夢を諦めないでという思いです。仕事においても、スポーツにおいても願えば叶う、それから、物事を途中でやめない、投げ出さないという気持ちが今の仕事も支えてくれています。今のアイスホッケーのみならず、マイナースポーツのプロ選手を目指す方々へ希望を与えられたらいいな、と思っています。単純に仕事で成功していくと、それまで出会えなかった人と出会えたり、自分がやりたいこと、例えばこういうものを作りたいということも実現できたり。あと、社会的意義も上がってくる。僕の場合は起業を選択しましたが、その根幹はスポーツで得られた「やりぬく力」であり、それはこの時代に企業側も求めているスキルです。
IPJ: 社長業でバリバリ働きながらも松村さんが国スポに挑戦する理由はなんですか?
松村:社外的には起業家としての選手を目指すことで、アイスホッケー業界への貢献、そして、今後デュアルキャリアを目指す学生の皆さまへの新たな選択肢の可能性を啓蒙することです。また社内的にも社長業をやりながらスポーツ選手としても活動している人って結構少なかったりもするので、何か企業ブランディングにもなってきますし。自社での「働き方」に着目しても新しい価値の提起ができる、といった部分が結構メリットになっていることは感じています。
いま令和の時代ですが、「働き方」がいろいろある中で変えていけるという風にも思えました。さらにはメディア露出の機会なども持てるというところでいくと、さまざまな側面でメリットがあることも感じています。
IPJ:お2人にうかがいます。スポーツ、選手、企業のトライアングルで3方良しの考え方からすると、企業側の人事が「デュアルキャリアの選手を採用するメリット」はどういうところだと思いますか?
池田:やはり話題性を喚起できるところじゃないかなと思います。今、グリッツの選手は横浜の企業を中心に本当に色々なところでデュアルキャリアで働きながらプレーをさせていただいていますが、「同じジャンルの商品を買うなら選手が働いている企業の製品を選びます」、というファンも多い。このファンの忠誠心というか、ファンエンゲージメントの強さはスポーツ選手だからできることです。
それから、冠試合だと自社の商品を会場でファンに配って認知に繋げられますし、そのあとにSNSで直に反応がもらえたりするのも嬉しいですし大きいですよね。そのあたりの広告的な効果って結構あると感じています。
IPJ:なるほど。『企業ブランディングと広報にはデュアルキャリアが良く効く』ということですね。
池田:そう感じてます。逆に起業家の目線として聞きたいのは、経営している会社でデュアルキャリアの働き方を推奨して、どの競技でも良いんだけれどもプロアスリートを採りたい! と思うかどうか?
松村:その視点で行くと、やはり起業が進めば進むほど、スポーツ選手系の人材ってやっぱり凄いな、と思うことは多いですね。
池田:その理由は?
松村:なぜかというと、これはイマドキ論になってしまうのですが、やはり途中で諦めてしまう子とかもいて。Z世代などという言われ方もしているなかで、今、ホワイト企業の定義が間違っているというかズレが生じてきている、と僕は思っているんです。何か、「働かないこそがホワイトだ」という風潮になっていることに違和感があって。でもそれよりも「ちゃんと適切に働いて、ちゃんと結果を出す」ことが働く側にも雇用する側にもコンセンサスとして共有することが重要だと感じています。
そう考えるとスポーツ選手、またスポーツに本気で打ち込んできた人間は、その結果を出してくる。それも面白いし単純にその選手が有名になると広報宣伝も経費を抑えつつできるメリットもあるかなとも思っています。
池田:確かにそれはあるかもしれないですね。そういう選手になれたら良いと思って、試合でも「結果を出そう」というモチベーションは高く持っているという自負はあります。
仕事での営業成績などは自分でももっともっと頑張らないといけないと思っているけれども、横浜グリッツの試合会場で僕が企画から手掛けたレトルトパックのバニクカレーを販売したことがあったんです。その時に「(会場で販売している)バニクカレー、美味しかったですよ」とファンから声を掛けられることがあったりして、それはもの凄く嬉しかった。企画から製品化まで関わってゼロから1を作り出してるものだから。まずはそのゼロイチを作れている時点で、すごい自分は面白いことをさせてもらえているな、と感じているし、その数字を今後どれだけ積み上げていけるか、という楽しみもある。
松村:いいですね。ちなみにバニクカレーは売れました??
池田:おかげさまですっごく売れました。いまも好調です。ファンの皆さんにはもう感謝でいっぱいですね。
松村:それは素晴らしい(笑)
池田:とはいえ、仕事のほうの成長について考えると今は数字にこだわるというか、そこを追求しないといけないと思うのですが、まだその位置には立てていない。これについてはもっと情熱をもって仕事も突き詰めていきたいと思っています。
池田選手が開発者として紹介されているデュアルキャリアの勤務先「アクサトレーディング(株)」のホームページFood De Mascleへのリンクはこちら
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企業側として考えなければならない雇用のダイバーシティ
松村: ちょっと起業家目線で話しますが、現代ってダイバーシティという言葉がかなり広まって、それこそ女性の管理職比率を上げましょう、といった国の政策なども出ている。ほかにも身体的にハンディキャップを負った方を積極的に雇用しましょうとか、そもそもの働き方をフレックスにしましょう、というような”働き方改革”という大きな流れがある。
そして、デュアルキャリアで働く人材が入ることにより、ビジネスのメリットとしては単純にPRのメリットに加えて、先にデュアルキャリアを始めた先輩、つまり先行して挑戦者となっている選手の背中を見て、その部活の下級生などスポーツマンの子たちが採用面接に来る可能性もあったりするわけです。こういう風に人材採用が世代で繋がり応募者が増える、といったところはデュアルキャリアの選手を取る1つの理由になりえると思ってもいます。デュアルキャリアの選手がスポーツでも仕事でも頑張ってくれることによって道が開け、その後も採用活動で求める人材に出会える可能性がとても高まる、という点はあるかな、と。
池田:なるほど。デュアルキャリアをやっている側として思うのは、やっぱり企業のトップが、そういうふうにデュアルキャリアに対して物凄く理解をしてくれているのが一番嬉しいですね。僕が今、デュアルキャリアで働かせていただいている企業は、上司も同期もみんなで応援してくれているので、本当に有難いなぁと思ってます。なので、夏海(松村さん)みたいな考えを持ってくれている企業人がもっともっと増えればいいなって思います。
松村:その考え方はぜひビジネスの世界にも広めていきたい。それから、確実に言えることとして「デュアルキャリアの選手は会社におんぶにだっこで、という意識にはならない」と思ってます。やっぱり自分が働けてない、長く働けないという自覚があってその中で「必ずアウトプットを出さなければならない」という意識で働くから、企業としてももっとこういうデュアルキャリアのスタイルを推進していった方が、組織の活性化にもつながっていくはず。現代は、働き方として時間で区切って働く、という形からいかに効率的に成果を出せるかというジョブ型になっていくとはよく言われてますよね。
池田:確かに社会がその方向になっていく感覚はありますね
松村:そういった側面を考えると、企業としては成果制度みたいな形にも紐付いていくのだろうなとも考えているんです。大企業の野球部とかバレーボール部とか陸上部といったメジャーなスポーツは広告宣伝と企業社員の結束を高めるために維持されている、とはよく聞くけどマイナースポーツでの採用メリットはまた大きく違っているのではないか? 企業としては実際にあるスポーツを全力で打ち込んである程度極めた、と言えるような人材を採用することによって、実務にも良い影響がでてそれが周りにも波及していく。そんな考えで採用戦略として狙っていくべきかな、とも考えているところなんですよ。
池田:それを聞いて、やっぱり目標を達成するまでやり続けるメンタルも体力もアスリートは普通の人たちよりはちょっと違うのかな、って思いましたね。向上心を持ってとことんすべきことを課題に掲げて結果が出るまでやり続ける。「やり抜く気持ち」というのはそれこそ高校の部活動の時から多くの選手が思って努力している。あとは規律の部分ですね。「グループの和を乱してはいけない」とか「仲間の思いをしっかり考えて自分のすべきことや方向性を考える」とか、そういう部分はやっぱりとことん教えられてきた。そして、「チーム=組織を良くするために自分は何をするか」という命題は常に考えていたことなので。そのマインドで学生生活を送ってきた人材は、やはり企業側になにか良いものをもたらせられるのではないかと、思うことはあります。
松村:そういう意味ではやはりマイナースポーツからももっともっとデュアルキャリアの選手が出てくると、社会にインパクトを起こす可能性はある。結構、マイナースポーツにはそういう良き人材が輩出される下地はあると思っています。
IPJ:そこに何かマイナースポーツが発展するためのヒントがありそうですね。お2人ともありがとうございます。後編ではこの議論をフックに、デュアルキャリアでプレーする側と採用する側の立場から「どうすればお互いによりメリットのある形は作れるのか?」、という論点で掘り下げていきたいと思います。
<後編につづく>
【池田涼希選手 プロフィール】
池田涼希(いけだ あつき) 1997年7月23日生まれ。フォワード。背番号97。
2020年、横浜GRITS創設と同時に入団しトップリーガーとして活躍を続けている。デュアルキャリアでは畜産物・食品等の輸出入及び販売を手がける商社、アクサトレーディング(株)に勤務。アスリートやトレーニング中の方々に欠かせないタンパク質を美味しく効率的に摂取できる「Food de Muscle Ⓡバニクカレー」の開発に携わるなどビジネスマンとしても活躍している。
【松村夏海さん プロフィール】
松村夏海(まつむら なつみ)
(株)Tailor App代表取締役社長。1997年生まれのZ世代経営者。静岡県湖西市出身。法政大学(在学中にフォントボン大学に留学)卒。祖父、父と違う事業ではあるものの経営者だったため、自然と経営の道を志していたこともあり、大学の単位を2年生でほぼすべて取り終わり、業務委託先のベンチャーPR会社の紹介でライブコマースシステム会社に入社。ライブコマースのノウハウをひと通り学び、同社が2019年にIT一部上場企業にバイアウトされるタイミングで、2020年に(株)Tailor App設立。著書に「売れるライブコマース入門」。