「つらい時には思い出してほしい」MVPで有終の美、HLアニャン、マット・ダルトンが若きGKに送る言葉…語った「忘れられない思い出」

取材・文/今井豊蔵 写真/今井豊蔵
「本当に最後だ」決めて戦ったプレーオフでMVP
アジアリーグ・アイスホッケーのプレーオフは、4試合中3試合が延長戦という激闘の末にHLアニャンが3勝1敗でレッドイーグルス北海道を下し、チーム2度目の3連覇を果たした。この試合を最後に現役生活を終えたのが、GKマット・ダルトンだ。世界でもNHLに次ぐリーグと言えるKHLで活躍していた選手が韓国籍を取得し、2018年の韓国・ピョンチャン五輪に出場。アジアリーグでは日本チームの“壁”となってきた。ラスト1年と決めて戦ってきたシーズンが終わった今、ダルトンが語った忘れられない思い出、そして若い選手へ“贈る言葉”に耳を傾けたい。
「あと1年だね。それ以上はない。本当に最後だ」
2024年の年明け早々だった。2月に行われるミラノ・コルティナ五輪予選で、ダルトンが韓国代表から外れると聞いた。これは代表引退を意味するのか、そして現役生活の終わりについてどう考えているのか本人に聞くと、帰ってきたのがこんな答えだった。2024-25が現役ラストシーズン。ダルトン本人だけでなく、HLアニャンの皆がそう覚悟した上で戦ってきた。
次への備えも始まった。今季レギュラーシーズンのGK起用は、土曜日がダルトン、日曜日が現在の韓国代表で正GKを務めるイ・ヨンスンというパターンが基本。出番はほぼ半々になった。他チームからは、ダルトンは加齢に伴う弱点も見えてきたとの声が聞こえ、レギュラーシーズンのセーブ率は90.99%にとどまった。
しかし、最後の戦いでは再び壁となった。プレーオフでは全4試合に先発し、セーブ率は94.66%、60分あたりの失点は1.53。文句なしの活躍でMVPに輝き、表彰を受けると目を真っ赤に腫らした。そんな姿を見て思い出したのが、ダルトンが語ってくれた若き日の思い出だ。
カナダ・オンタリオ州出身のダルトンは、米国のベミジ大を出た2009-10シーズン、ドラフト外でボストン・ブルーインズと契約した。ただNHLの試合には出場できないままマイナーリーグで2シーズンを過ごし、ロシアKHLへ。その後2014-15シーズンにハルラへやってきた。
誰もが目標にするNHLに、手が届きかけた経験を持つ。ダルトンの生涯成績にはプロ1年目、出場「0」ながらNHLでの経歴が残る。何があったのか。
ベンチには座ったものの…届かなかったNHL

NHLボストン・ブルーインズには当時、ティム・トーマス(米国)とトゥッカ・ラスク(フィンランド)という、それぞれの国で代表となるほどのGKが2人も在籍していた。ダルトンは2人が怪我をしたとき、ブルーインズに呼ばれたことがある。ただ本当に“サブ”としてだ。よほどのことがなければ、試合に出ることはない。果たしてダルトンにNHL初出場のチャンスは、結局訪れなかった。
「呼ばれたけど、いろいろあって無理だったということになるのかな。やっぱりゴーリーは1人しか試合に出られないわけだから。トゥッカ・ラスクは大きな壁だったね……。難しい状況だったけどタイミングが合わなかった。チーム状況が良くなると私はマイナーに戻るしかなかった」
「でも、いい経験になったし、決して忘れられない思い出だよ。ブルーインズのベンチに座ったのはね。レギュラーシーズンでは5試合だったかな。プレシーズンではもっとあったし、試合にも出たよ。あの時、もっと楽しんでおけばよかったのかなと思うけれど、そういう(つらい)経験があるから楽しいと思えるのもあるんだよね。今考えればね」
FWやDFと違い、GKのポジションは1つしかない。サブに甘んじれば、試合経験すら積めない。だから外国育ちのGK導入についてはその是非が世界各国で議論になる。ハルラ(HLアニャンの前チーム名)でもダルトンが来たことで、韓国育ちのGKに出場機会が回らなくなったという側面もある。
ただ、ダルトンの経験からもわかるように、表舞台を歩き続けるGKは本当にひと握りだ。不遇のGKたちに伝えたいことを聞くと、言葉を選びながら、こう口にする。
チャンスを待つGKたちへ「つらい時に思い出して」

「GKはいつも楽しいとは限らないし、時にはつらいこともある。でもそういう時は、なぜホッケーをしているのかを思い出してほしい。プレーするのは好きだからだよね。私も同じです。つらいことがあるたびに自分はホッケーが好きなんだと思い出して、そこに戻れるようにしました」
「ホッケーの最も大きな要素は、これだと思います。ここを理解できるようになると、一貫性を保てるようになるんです。毎日が楽しいわけじゃないけど、仕事だから楽しもうとするんだよね。うまくなるためには絶対必要な考え方だと思う」
ダルトンが韓国でプレーした11年間は、韓国アイスホッケーの発展期ともいえる。静かに、しかし確実にコースをふさぐセービングは、多くのGKの目標となった。2023年の全日本選手権で北海道ワイルズのゴールを守り、横浜グリッツを倒したGKイ・ジャンミンは背番号86。「ダルトンみたいになりたくて、この番号をつけているんです」と笑顔で明かした。横浜グリッツでプレーしていた新人時代のGK石田龍之進は、ダルトンとの対戦を喜んだ。
「ダルトンを見ていると、とにかく体勢が崩れない。シュートを打たれても、常に体のど真ん中で受け止めているような印象さえあります。自分からど真ん中になるように動いているからなんですよね。そういうプレーをできるようになりたい」

ピョンチャン五輪が終わった後、欧州リーグのチームから誘いがあった。ピョンチャンで対戦し、1−2と惜敗したチェコからも。五輪では1勝もできなかったとはいえ、ダルトンの能力が高く評価されていた裏付けだ。そんな中でも、韓国に残った。コロナでリーグ戦が行われなかった2シーズンを越えて、再びアジアリーグに戻ってきた。
「五輪は最高の栄誉だよ。だから韓国に残ったし、戻ったんだ。ここでプレーすることを本当に誇りに思うし、韓国での生活は楽しいよ。このチームメートとプレーするのは本当に特別なことなんだ。私はとてもラッキーな人間だと思う」
ダルトンは今後もコーチングを通じて韓国ホッケーの発展に貢献したいと考えており、メインGKが交代する来季のアニャンを誰よりも気にかけている。ダルトンの思いは、最後のシーズンを共に歩いたアニャンのGKたちにもきっと届いている。
