難しい試合でも「普段通り」に。アイスバックスGK井上光明が見せたプロの矜持

「いつも通り」に好セーブを連発した井上光明の活躍でアイスバックスは準決勝に進んだ

取材・文・写真/アイスプレスジャパン編集部

全日本選手権2回戦 栃木日光アイスバックス4 (2-0、0-0、2-0) 0 東洋大学

ベテランGKの沈着な準備と落ち着きこそが「何も起こさせずに」勝利を奪う原動力となった。まさにプロのプライドを持って準備を怠らなかったGK・井上光明によって東洋大学の勢いは防波堤にぶつかる波しぶきのようにせき止められた。

アイスホッケー全日本選手権の準々決勝4試合のなかでアジアリーグ対決となった試合を除けば、「もしかして何かが起こるのでは?」とファンから注目されたのがこのカードだ。前戦では豊富な運動量とスピードをもって室蘭スティーラーズに快勝し、いま大学アイスホッケー界では間違いなくナンバーワンの地位にある東洋大学の下剋上なるか? 本気でベスト4を奪いに来た若き挑戦者たちの勢いがアイスバックスにどれだけ通用するか楽しみだった1戦。

試合は事前の予想通り、第1ピリオド序盤から東洋大がそのスピードを生かし、どんどんとアイスバックスに対してフォアチェックを仕掛けていく。選手同士がぶつかる音、吹き飛ばされた選手がフェンスにぶつかる音の激しさはアジアリーグと比べてもそん色ないものだった。

それに対してアイスバックスも若者たちの挑戦を真っ向から受けて立つような展開に。

その分、接触プレーも多くなりアイスバックス側にペナルティーが宣告されるシーンが目立ち始める。中盤にはダブルマイナーペナルティで4分間ショートハンドの状況にも。
しかし、そんな時でも井上は冷静だった。「相手がどこであれ、僕がやるべきことは変わらないと思って臨みました。いつもと変わらない準備をし、結果としてそれが表われてよかったと思います」。

井上はシュートコースに対して自分の体が常に正面になるよう、こまめに守る位置と姿勢を修正しながら東洋大のシュートの数々を徹底的に防ぎ続ける。一見なんでもないプレーのようだが、そういったゴールキーパーのなすべきことをさぼることなく着実に徹底してやり続けられるのが、井上光明の真骨頂。味方ディフェンスとの連携も駆使しながら、相手のシュートに対して常にベストの状態で対峙した。

そんななか、アイスバックス攻撃陣も井上の頑張りにこたえる。

8分27秒にけがから復帰した斎藤哲也が先制点を奪い、第1ピリオド終了間際18分31秒には長野出身の伊藤俊之がゴール前の混戦からパックをトップネットに突き刺し2‐0。東洋大の選手たちがガンガンと突っ込んでくるベクトルをうまくいなす形でアイスバックスが2点リードで第1ピリオドを終えた。

第2ピリオドに入ってもその構図は変わらず、東洋大が激しく攻め立てるもアイスバックスが落ち着いて対応。両者ノースコアでピリオドを終える。とはいえ、まだ点差は2点差。次の得点で東洋大に女神がほほえめば、一気に展開が変わってもおかしくなかった。

しかし第3ピリオドも井上は東洋大に“何も起こさせなかった”。

「東洋大が強いということはわかっていた。でもしっかりと自分のやるべきことに集中しました」という井上のセービングが東洋大の攻撃をことごとく跳ね返す。相手DFからのロングシュートやゴール前での混戦などどんな状況でも集中力を切らさず対応。パックの動きに対する読みと反応はまさに経験を積んだGKならではの深みのあるプレーの連続だった。

最後、東洋大は6人攻撃に出て1点を奪いに来るが、そこでも砦となって立ちはだかった井上に、仲間から完封を祝福するかのようなエンプティネットゴールのプレゼント。

試合終了の瞬間に井上は少しだけ左手のグラブを上に持ち上げると、ぎゅっとそれを握りしめる。トップリーガーとしてあまたのシーズンを戦い抜いたプロの矜持が一瞬垣間見えた瞬間だった。

「ここ数週間の中でもかなり高い集中力で練習にも取り組めていましたし、機会をもらえたらチームを勝たせられるという自信はあったのでまずは初戦をしっかり完封で終えられてよかったです」と井上。その言葉には真のプロフェッショナルとしての凄みがあった。

藤澤ヘッドコーチも井上について「アイスホッケーでは、どこが相手でも完封というのは簡単にはできないこと。今週はすごくいい状態で長野に入って、パックも見えているし安心して任せられるコンディションでした。彼がこの勝ちゲームを作ってくれたといっても過言ではないくらい活躍してくれました」とこの日のプレーを絶賛。

東洋大のゴールを守り、今後日本代表の守護神としての活躍を期待される佐藤永基にとっても、全日本選手権の舞台で井上と氷上でマッチアップした経験はベテランからの大きな贈り物だったに違いない。

アイスバックスは福藤豊が先日のアジアリーグで古傷の右ひざを負傷し今大会は出場がかなり微妙な状況だ。その分、3年ぶりの優勝に向けて井上にかかる期待はさらに大きくなっている。

それでも、井上は気負わずに自身の言葉通り、「いつも通り最高の準備をして」試合に臨む。まさしく、戦うことが日常のプロ選手としての生きざまがそこにはある。

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