「たった1試合のために準備するのは慣れています」北海道ワイルズを勝利に導いた韓国人GK、イ・ジャンミンとは何者??
取材・文/今井豊蔵 写真/今井豊蔵、アイスプレスジャパン編集部
第91回全日本アイスホッケー選手権(A)2回戦
12/8(金)@KOSÉ新横浜スケートセンター 観衆:570人
北海道ワイルズ 5(1-1、2-1、2-0)2 横浜グリッツ
ゴール:【ワイルズ】木綿、矢野、上野、大津、齊藤(大) 【グリッツ】三浦、池田
GK:【ワイルズ】イ・ジャンミン 【グリッツ】古川
シュート数:【ワイルズ】34 【グリッツ】27
日本語ペラペラ…齋藤監督の狙い通りの活躍
「グリッツに対する準備をちゃんとしたことが、プレーの中に出たんだと思います」。
ワイルズの韓国人GKイ・ジャンミンは横浜グリッツに快勝を収めた試合後、テレビのインタビューにもきれいな日本語で答えた。かつて北海道栄高で1シーズンプレーしたことがあり、その後韓国へ戻り名門・延世大学を卒業。「もっとアイスホッケーがしたい」との思いから、今季北海道ワイルズの門を叩いたルーキーだ。
その彼が25セーブ2失点で、アジアリーグでレッドイーグルス北海道を下したばかりのグリッツを抑え込んだ。
先発に、アジアリーグで実績のある脇本侑也(わきもと ゆうや)ではなくイ・ジャンミンを起用した理由を齊藤毅(さいとう たけし)監督は「相手に知られていないゴーリーの方がいいと思って」と口にし、こう続けた。「大会前から勝負のキーは若手の成長だと思っていた。ジャンミンも緊張したと言っていましたけれど、いいパフォーマンスを見せてくれた」。勝負手が的中し満足そうだ。
イ・ジャンミンは「グリッツはHLアニャンと同じように、5人のスケーターが塊になって攻めてくるチームだと見ていました」という。韓国の大学リーグでは、決まりをきっちり守った、違う言い方をすれば決まりに囚われたプレーをする選手が多い。
「でも日本のプロチームは違いました。その場その場で判断して、想像もつかないプレーが出てくる。最初は慣れませんでしたけれども、だいぶ対応できるようになりました」。
自身の成長を実感できる毎日。そこに勝利という結果まで加わったのだから、うれしくないわけがない。
「1試合のために準備をするのは慣れてます」ダルトンに憧れて背中を追う
入団を決めた時はもちろん、すぐにアジアリーグに出られると思っていた。来日直前に「リーグに参加できなくなった」と聞いた時はうまく飲み込めなかったというものの、それよりもう一度日本でホッケーをしてみたいという気持ちが上回った。
アジアリーグのハイライト動画をよく見る。そこに自分がいない悔しさもあるが「今年は、自分がそのレベルに達するまでの準備の1年間だと思っています」。
ここまでの苦しい時間も、将来に花開くための助走期間だと心得ている。
この試合の先発は、横浜入りする前に言われていた。北海道ワイルズにとって全日本選手権は、今季唯一と言っていいアピールの場だ。練習試合こそ組まれるものの、公式戦がない環境で、ひたすら大会に向けて感覚を研ぎ澄ましていく作業に難しさはなかったのか? と問うと、意外な答えが返ってきた。
「自分はたった1試合のために、1年間準備するのには慣れていますから」。
どういうことか。韓国で最も観客を集めるアイスホッケーの試合は、アジアリーグではない。毎年9月に行われる延世大学と高麗大学の対抗戦だ。ソウルのモクトンアイスリンクが満員になり、5000人近い観客が歌い踊って熱狂する。
勝てば学校中からもてはやされ、負ければその逆。天国と地獄を分けるたった1試合のために準備する習性が、染み付いているのだ。
若手が多いワイルズの雰囲気は、かつて練習参加したことがあるHLアニャンの雰囲気とはまた違う。FW木綿宏太ら、高校時代に対戦経験のある選手もいる。
何より「みんな親切なんです。GKの先輩の脇本さんや(磯部)裕次郎さんがとても親切にしてくれます」(イ・ジャンミン)。
時折辛い食べ物が恋しくなることはあるが、釧路生活は順調だ。
背負う背番号86は、HLアニャンや韓国代表で活躍するGKマット・ダルトンに近づきたいとの思いから。
2018年の平昌五輪に向かって強化された韓国代表に憧れた選手が、大学を卒業する時代になった。ところが韓国で現在、活動するトップリーグのチームはHLアニャンだけしかない。
そんな現状をただ憂えるつもりも、イ・ジャンミンにはない。
「僕はとにかくホッケーを続けたくて、もう一度日本へ来ましたから」。
その舞台を与えてくれたワイルズへ、恩返しの思いは強い。笑顔が可愛らしい守護神候補は、力強く歩み始めた。
※編集部より>Webサイトの仕様のため、全日本選手権(A)の記事は「男子日本代表&各カテゴリ」および「アジアリーグアイスホッケー」の区分けにカテゴライズいたします。