再び日光へ……DYNAX・鈴木雄大が全日本選手権で伝えたい思いとは?(後編)
2024年夏。アイスバックスからの退団、という事実も静かに受け止め、生まれ故郷の札幌で家業に邁進するかたわらアイスホッケーコーチとして後進の育成に力を入れていきたい。そして札幌のアイスホッケーの発展に貢献していきたい……8月はじめの時点で鈴木雄大は間違いなくそう考えていた。
しかし、鈴木雄大の力を信じていた“仲間”が、彼を氷上へと復帰させる道を切り開くのはごくごく自然なことだった。
取材・文/アイスプレスジャパン編集部 写真/今井豊蔵、編集部
-前編はこちら-
「いまみなさんにお返しをするとすれば『ホッケーをプレーすること』、その1点なのかな」
鈴木雄大の“復帰”に向けてこの夏、何度も頭を下げ熱心に口説いたのは北海道の社会人チーム・DYNAX(ダイナックス)の主力フォワード、今村健太朗だった。「ずっとプレーを見ていた選手でもあり、こんなチャンスはないな、と状況が落ちつくタイミングを見計らってすぐに動きました。身内の話なのですが……雄大さんは義理の兄ということもあり、『一緒にプレーしたい』という思いを真摯に伝えました。絶対にこのチームの力になってくれる存在であると今も確信してますので、全力で頭を下げてでも、とあの頃は声を掛けつづけていました」(今村)
その今村の熱い思いに鈴木雄大は応え、DYNAX入りを決断。9月初旬、自身のインスタグラムで「チームから発表がありましたが今年からダイナックスでプレーすることになりました!社会人として働きながら、そしてコーチ業をしながらプレーすることになりますがチームのために頑張りたいと思います」とのコメントともにDYNAXへの入団を発表した。アジアリーグ得点王が社会人チームで新たにキャリアを積み上げる、そのきっかけを作ったのは間違いなく今村のおかげだ。
「僕がアイスバックスを退団したと知った時から『ぜひ入ってください』と彼が熱心に何度も何度も声を掛けてくれて。当初はプロを退団して家族もいて自分の生活もままならない中、ホッケーをやることは全然考えていなかったので、まずは仕事に集中をして……。8月下旬にチームと話をする機会を設けてもらいこういう流れになりました。僕自身、退団したときは社会人チームでプレーすることはまったく考えていなかった。札幌でのスクールのほうも順調に進んでいたので」
まさに人の縁がキャリアを繋げたこの夏。「そんななか僕が今、そうやって支えてもらっているみなさんにお返しができるのは『ホッケーをプレーすること』、その1点なのかなと改めて思いました。そして、プロでの時にもまして家族の協力があるからこそ今、自分のホッケーができている。妻や子どもたちには心から感謝しています」
韓国デミョンで出会った「世界レベルの戦術と指導力」。その経験がいま礎(いしずえ)に
鈴木雄大は12シーズンにわたるプロ生活を振り返って、そこで得た経験と知見は今後指導者として子どもたちを教える際にも大きな財産となって自分自身を支えてくれるだろう、と語る。なかでも韓国で2シーズンをプレーした時の経験は強烈だ。
2018年の冬季ピョンチャン五輪後、残念ながら韓国でのウィンタースポーツ市場は急速にしぼんでいき、在籍したデミョン・キラーホエールズも2021年3月末にチームの解散を発表した。しかし当時、NHLサンノゼ・シャークスなどを率いた知将、ケビン・コンスタンチン監督のもとでチームとして戦う姿勢を叩き込まれた経験は、韓国語の会話を学んだこととともにいま鈴木雄大の人生において大きなアドバンテージとなっている。
「デミョン時代は本当にミーティングが多くて、コンスタンチン監督からもプレーについて細かく要求されました。プレーブックと呼ばれるシステムや戦術に関して書かれたテキストはこんなに分厚くて(と親指とひとさし指を目一杯広げる)。毎週のようにペーパーテストもありましたし……。ただそこでどうしたらチームを勝たせるプレーができるのか、また指導者から求められ信頼される選手像とはどういうものかを学ぶことができたのは本当に今となっては良い経験だったと思っています。アイスバックス時代も若手とはよく話をして質問にはどんどん答えてきたつもりですし、プレーを通じても彼らがより良いプレーヤーになれるよう、先輩としてさまざまな面で伝えるべきことを伝えてきたつもりです」
社会人チームから札幌、そして日本のアイスホッケーを盛り上げる
ご存じの方も多いかも知れないが、鈴木雄大の実家は現在札幌で警備会社を経営している。彼自身も現在は朝から現場に出て夕方までの警備をはじめさまざまな業務をこなしたあと、片道1~1.5時間ほど車を運転して苫小牧や安平のリンクで行われるDYNAXのチーム練習に駆けつけている。
「たとえば通信会社の工事で作業員が電柱にバケット車で登って作業を行うさいには必ず警備員を付けないといけないルールなので、その現場とか。基本的には市内ですが出張することもあります。練習でのアイスタイムもアイスバックスでは週5回が基本でしたがDYNAXだと試合のない週なら1~2回、試合のある週だと2~3回……、半分ではないけれどもだいぶ練習は少なくなったことは確かですね」
氷上の時間が少なくなるとやっぱり大変? との質問をぶつけると「たしかに大変ですね」との言葉とともにふふふという微笑みが返ってきた。そんな社会人ならではの環境に身を置くこととなったが氷上練習に向かう彼の表情はとても楽しそうだ。
「でもプロの時よりも氷自体に乗っている時間は増えているとも感じているんです。DYNAXでの自分の練習もそうですし、小学生を教えるスクールだったり、さまざまなところからコーチとして呼ばれて教える機会も多くなったり……。毎日やっている時と1日おきとはスケートに乗った感覚は全然違いますし、体力も全然違うと僕自身は思っていました。でも、DYNAXのチームメイトを見るとそれでも普通に動けていますし、自分自身も仕事をやりながらアイスホッケーすることにだいぶ慣れてきた感覚はありますね。慣れてきたのか、アイスバックス時代の貯金で動けているのかは分からないですけれども(笑)」。
環境の変化も楽しみながら。「社会人」を経験することが指導者としての厚みを生み出す
「さすがにアジアリーグの時とは違って氷上練習の回数も減りましたのでコンディション作りにも気を使いますし、仕事を終えてから夜に練習をするのは体力的にキツい部分はあります。でも、このチームのメンバーとリンクで合流して仲間の顔を見ると、力が湧いてくるというか、やってやろうという気持ちになります。みんな仕事を終えて、リンクに集まって……。だれもがこのアイスホッケーというスポーツを大好きで、真剣で。こういうアイスホッケーも面白いですよ」と鈴木雄大は笑う。実際、控室では冗談も飛び交うなか、全員が笑顔で素早く準備を済ませリンクへと向かっていく。チームでは用具支給などのサポート体制もしっかりと整備されているという。
先日、全日本選手権(A)を控え新聞が彼をインタビューしそれが記事になった。その記事を読んだ人たちから、アジアリーグへの復帰を目指してDYNAXに入った、という解釈をされることもあったようだが、彼はやんわりとそれを否定した。鈴木雄大自身、現在のアイスホッケーへの向き合い方はきわめて自然体だ。
「新聞では見出しに“再起”という文字が入っていたこともあってか、アジアリーグに再び戻るために社会人に入ったのか? と言われることもありましたが、そんなつもりで記者さんに話したつもりはないし、アジアリーグに戻りたいとは全然思っていないし……。札幌に帰ってきて、この競技の将来へ向けての種まきも始めています。僕自身何ができるか、と考えたときにやはりアイスホッケーしか自分にはない、と改めて気づいて。そんななかで自分が一番力になれるアイスホッケーを通じて応援してくれる方々の力になりたい。なので、できるうちはプレーも続けていこうと今は思っています。DYNAXでプレーしようと決めたのも、彼らがスクールを開催していますし僕の力がより多くの子どもたちを育てる助けになれれば、という思いもあり最終的に決断をしました。今はDYNAXの一員としてリンクの内外で色々と貢献したいという気持ちを強く持っています」
地元にしっかりと軸足を置いてさまざまな角度からアイスホッケーと向き合い、札幌や苫小牧でのアイスホッケーを盛り上げていくことにエネルギーを注ぐ未来を鈴木雄大は心の中で描いているようだ。社会人としてプレーしながら、アイスホッケーと出会うきっかけとなった札幌の星置スケート場では自身も所属したジュニアチーム・星置ケッターズへのコーチングに力を注ぎ、良い選手を育てたいと奮闘している。
「コーチングはとっても楽しいですよ。難しさもとてもあるのですが。今までの自分の経験をシチュエーションに合わせて上手く引き出しながら、小学低学年の子には『どういう言葉を掛けたら理解してもらえるのかな』『このプレーをできるようになるのはどんな練習メニューを組んで、どんな声を掛けたら良いかな』などと考えて教えていると時間はあっという間に過ぎてしまいます」
5年後10年後、彼が育てた子どもたちが札幌や苫小牧の高校、クラブチームで元気にプレーすることを彼自身が楽しみにしている。そしてDYNAXでは背番号「38」の大きな背中を多くの方に見てもらいたいと鈴木雄大は心の火を灯している。
「ありがたいことに新聞でも記事にしてもらい、全日本選手権では僕がDYNAXのメンバーとしてプレーすることをファンの方にも知っていただけて……。日光での初戦は多くのかたが応援に来ていただけるとも伝え聞いていますのでホームのような雰囲気にしてもらえるのかもしれないな、と楽しみにしています。そんな日光のアイスホッケーファンの皆さんに自分が今できるベストのプレーを改めて見てもらえたらと思って、今はトレーニングを進めています」
DYNAXは11月に行われた北海道アイスホッケー選手権のトーナメントで優勝。その時は鈴木雄大、今村健太朗、府中祐也で組むファーストラインが機能して得点を重ねた。全日本(A)では1回戦を勝ち上がればDYNAXは準々決勝でアジアリーグ勢の東北フリーブレイズと対戦する。古巣のアイスバックスとはトーナメントでは逆の山となり決勝または3位決定戦でしか当たることはないが、もしかしたら……。その実現に向けて鈴木雄大はチームメイトともに全力でアイスホッケーと向き合っている。
日光のファンや元チームメイトへの感謝、そして新たなステージでも前進していきたいという心意気。アイスホッケーが大好きであるという気持ちを改めて噛みしめ、思いを込めて日光霧降アイスアリーナのリンクに立つ鈴木雄大。そんな彼の勇姿を目に焼き付けることができる全日本選手権がまもなく開幕する。