再び日光へ……DYNAX・鈴木雄大が全日本選手権で伝えたい思いとは?(前編)
取材・文/アイスプレスジャパン編集部 写真/今井豊蔵、編集部 ※文中敬称略
この男が今週、日光へ帰ってくる。
昨季まで栃木日光アイスバックスでプレーした鈴木雄大(すずき ゆうた・35)が、今季は北海道社会人J-iceNorthの強豪・DYNAX(ダイナックス)の一員として全日本選手権(A)に出場するために日光・霧降アイスアリーナに「帰還」。日光のファンから深く愛された男の“凱旋”を楽しみにしているファンも多いことだろう。
全日本選手権1回戦 12/5(木)14:30~ DYNAX vs 中央大学 @日光霧降アイスアリーナ
DYNAXは昨季岡山で行われた全日本選手権(B)で激戦のすえ優勝をはたし、今季第92回を迎える全日本選手権(A)の出場権を獲得。12/5(木)初日、トーナメント1回戦第3試合(14:30フェイスオフ)で中央大学(関東大学2位)と対戦することが決まった。鈴木雄大自身も「チームにもだいぶ馴染んできました。まずは1回戦で学生との試合となりますが、どの大学と当たるかに関わらず自分らしいプレーをして日光の全日本で勝ちたいという思いが湧いてきました」と日光でプレーできることをおおいに楽しみにしていると語ってくれた。中央大学はかつて鈴木雄大自身も学生時代を過ごしたチームであり不思議な縁に結ばれた。
鈴木雄大のアジアリーグアイスホッケーでの戦歴は華々しい。北海高ー中央大から2012年に入団した日光アイスバックスでは2度の在籍で延べ10シーズンをプレー。プロ5シーズン目を戦った2016-17シーズン直後に一度チームからリリースされるが、2017年から2019年の2シーズンはチーム強化を進めていた韓国のデミョン・キラーホエールズに乞われて移籍。デミョンへの移籍初年度は17ゴール(9アシスト)を挙げて得点王のタイトルを獲得。翌シーズンにはデミョンのレギュラーシーズン1位獲得、そしてプレーオフ進出に大きく貢献した。
そして2019-20シーズンからは古巣アイスバックスに復帰。弟の鈴木健斗と組んだFWラインは、話をしなくてもプレーで通じ合っているようなまさに絶妙のコンビネーションを見せて得点の山を築き、日光のファンを大いに熱くさせた。鈴木雄大は2024年春までアジアリーグで通算379試合に出場し90ゴール134アシストの計224ポイントを記録。2019年と昨2023年には全日本選手権優勝を勝ち取る原動力となりチームの躍進に大きく貢献した。霧降での流れるような兄弟でのパスワーク、そして彼ならではのピンポイントのアシストパスなど鈴木雄大のプレーに魅了されたファンは数多いだろう。
※2020-21、21-22コロナ禍でのジャパンカップ2シーズンでは合計17ゴール24アシスト。リーグ戦通算とは別カウントとなる
そんなアイスホッケー界のスーパースターの1人である鈴木雄大は北海道社会人の雄、DYNAXのメンバーとして全日本選手権(A)で日光に帰ってくる。プロで12シーズンを過ごした後、社会人1年目として今シーズンを戦う鈴木雄大。しかしこの形に収まるまでは彼の中でさまざまな思いと葛藤があった。
12シーズンにわたるプロ生活に区切りをつけた“真の理由”とは?
2024年初夏、彼の故郷である札幌の某所。4月23日にアイスバックス退団の発表が行われてからしばらくたった時点で鈴木雄大選手はインタビューの誘いに応じ、静かな口調で思いを話してくれた。
「自分から退くつもりはなかったですし、引退宣言もしていません。しかしシーズン終了後のチームとの話し合いで、来季の構想に自分は入っていないことを告げられた。全日本の優勝にも貢献できたと思っているし、まだまだ主力としてやっていけるとも思っていて、正直実力が足りなくて構想外になったとは思っていません」。
衝撃の告白だった。
昨季は鈴木雄大&健斗兄弟で合わせて19ゴール33アシストの計52ポイントを記録している。
「やはり順番ということなのかなぁ、とも思いましたし、サラリーキャップの関係から僕の分で2人の選手を取りたいとチームが考えたのではないか、とも少し頭をよぎりました。ただ、そうなった理由は聞きませんでした。そして他チームへの移籍も正直考えました」。
2度目となるチームからの“戦力外”。複雑な思いを乗り越えて
鈴木雄大はかつて2017年にアイスバックスから1度リリースされている。「その時もチームからの戦力外通告でした」。インチョン国際空港のお膝元、仁川広域市をホームタウンとする韓国のチーム、デミョン・キラーホエールズへの移籍でトップリーグでのプレーを続けられることが決まり「新しいチームではルーキー。ルーキーらしく全力でプレーしよう」と思いを新たに韓国に渡った。
デミョンはNHLでの指揮経験のある監督を招聘し先進的なシステムを掲げて当時急激に力をつけてきたチームだった。その2017-18シーズン、鈴木雄大は17ゴールを挙げて得点王のタイトルを獲得する。その年のチーム数はロシア・サハリンも含めた8チーム(日4、韓3、露1)。各チームに欧米からの助っ人が居並ぶなかでの快挙だった。
2018年3月30日の記事:「話題は帰化選手だけじゃない!韓国を盛り上げた日本人プレーヤー。(BBMスポーツ)」
https://www.bbm-japan.com/article/detail/5276
「得点王を獲得することができて『得点王をとってそこで引退する、それも格好良くない?』と妻とも話しをしたことを覚えています」
引退しても良い、という気持ちが生まれるくらい全身全霊で過ごしたシーズンだった。翌シーズンもデミョンでフル出場しレギュラーリーグの1位獲得に貢献した。
「でもその後、クレインズがなくなるかもという流れで健斗が日光に来ることとなり、僕も他のチームからも誘いはありましたがぜひ弟と一緒にプレーしたいという気持ちが強くあったから日光でまた一緒に5シーズン戦いました。そんななか今回こうなって……。移籍してもう1年やろうかとも考えたときに、他チームに所属して戦う気持ちがあまり湧いてこなかったというのも正直なところでした。(出身地の)札幌は、大学生からアイスホッケーを始める子もいるし、社会人の方々もとても楽しみながらホッケーをやっている。ジュニアの子たちも沢山いるので僕が札幌に戻ってアイスホッケーを教えることで、このスポーツは楽しいんだよ、ということを広めていくもの良いかなと考えるようになっています」
初夏の時点で行われたインタビューで、正直な思いを記者に託してくれた鈴木雄大。なかでも前段落の言葉は字面だけを捉えれば批判にも取られかねないものだ。ただ、鈴木雄大自身も誤解の無いようそこには批判の意図はないことを記者には繰り返し話してくれた。チーム編成の事情、そしてチームとして経営を続けていくための内部サラリーキャップの調整……アジアリーグのチームとして存続するために決定をくだしたチーム事情は完全に納得できたとはいいきれないものの理解はしているつもりだ。
退団に際して自身のインスタグラムでも「アイスバックスを退団するにあたり、12年間の現役生活を引退……あっ、前進することを決断しました!(中略)これからは札幌で指導者としての道を進もうと思っています」とその時の気持ちを記している。このとき、鈴木雄大の気持ちは指導者へと一度大きく舵を切っていた。
ただ、その時に今後のアイスホッケー界の発展に向けてはこんな内容も話してくれた。リーグに多大な貢献をした功労選手の意見としてぜひここに記しておきたい。
「チームから構想外であるという話が来たときはシーズン最終戦から時間が経っており、その時点で他チームの新シーズンへの構想や戦力構築も進んでいたので選手としては次への展開が非常にしづらい状況に追い込まれたことは確かです。そこはもっと選手を大切にできるやり方もあったのではないでしょうか?」
退団発表の裏にはそんな事情も確かにあったのだ。これはアジアリーグ、そしてアイスホッケー界がより社会に受け入れられ、より発展するためには必ず乗り越えなければならない大事な部分だ。
「なのでリーグやチーム、連盟の関係者の方たちも一丸となって移籍の部分も改善して、もっと選手たちが安心してプレーでき、スティックを置くときには後悔することなく引退できるような環境整備を進めて欲しい。自分が経験したようなことを若い選手たちには味わってほしくないと心から思っています」と彼は語ってくれている。加えてプロ選手としての移動や宿泊の取り扱いなど待遇について。またチームと選手との上下関係が生じざるを得ない構造であるなか、チームの方の事情が優先されて結果として選手が振り回され負担を被らざるを得ない部分などについてもまだまだ多くの改善点があることを指摘してくれている。
なぜ鈴木雄大は社会人・DYNAXでプレーすることになったのか?
この夏、自身の意図とは別にそんな状況に身を置くこととなったが、8月当時は社会人チームでプレーすることはまったく考えていなかった。自身を育ててくれた札幌・星置スケート場を拠点とするジュニアチーム・星置ケッターズの指導者となって、後進の育成に力を入れていきたい。そして札幌のアイスホッケー界を選手育成という観点から盛り上げて、男女問わずいつかはトップでプレーできる選手を多く育てたい。そんな思いを熱く語ってくれた鈴木雄大。アイスホッケーへの向き合い方を自らプレーする形から育成コーチとして軸足を移し、指導者としてアイスホッケー界に恩返しをしていく……、退団という現実を受けて盛夏に鈴木雄大は1つの結論を自ら導いた、そのはずだった。
しかしその後、彼の人生においてある歯車が回った。とある人物の熱い想いが鈴木雄大を今の状況へと導いていくこととなる……