【全日本選手権】大学生に敗れ4強逃した横浜グリッツ。それでも愚直に前に進む
取材・文/アイスプレスジャパン編集部 写真/編集部
第92回全日本選手権(A)大会2日目
12月6日(金) @栃木・日光霧降アイスアリーナ
東洋大学[関東大学1位] 4(1-0、1-3、1-0、OT0-0、PSS1-0)3 横浜グリッツ
ゴール:【東洋】根本、高田、山崎、大久保魁斗(GWS) 【グリッツ】池田、ラウター、杉本
GK:【東洋】田村 【グリッツ】古川
シュート数:【東洋】24(6、8、7、2、1) 【グリッツ】39(9、9、17、4、0)
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観衆463人。朝一番の試合で起きた”下剋上”
歓喜に沸く東洋大学の選手の横を、敗れた横浜グリッツの選手たちがうつむき加減で通り過ぎてゆく。大会2日目の第1試合、朝9時からと早い時間にもかかわらず日光・霧降アイスアリーナに応援に訪れたグリッツファンの思いはこの時、いかがばかりだったろうか。
2週前のアジアリーグでは首位HLアニャンから2日連続で勝利。前週もレッドイーグルス北海道から土曜に延長勝利をあげた。敗れた日曜の試合も強豪相手にPSS戦に持ち込む接戦を演じており、選手たちも「今年こそは行ける」との手応えを持って全日本選手権に臨んだことは間違いない。
しかし”短期決戦トーナメントは何が起こるか分からない”との常套句そのままに、またも横浜グリッツに勝利の女神は全日本で試練を与えた。
グリッツは東洋大に先制されるが、第2ピリオド序盤に2点を取って2-1と逆転に成功する。ここから落ち着きを見せるかに思われたグリッツだが、その直後にペナルティーを許して東洋大のパワープレーを抑えきれず失点。
その後得たパワープレーで杉本華唯が決めて再びリードし、第3ピリオド途中までなんとか3-2とリードを守っていたものの、7分18秒に東洋大・山崎創也に同点ゴールを許す。その後は何度もシュートを浴びせるも、東洋大GK田村壱桜の守るゴールを割れず試合は延長戦に突入する。
その時点でこの結果になる流れが見えつつあった。東洋大の鈴木監督の戦術立案とそれを忠実に実行した大学生たちの努力の成果は、全日本選手権で史上3度目となる「大学生によるトップリーグチーム撃破」という快挙をたぐり寄せた。
「いつもと違うプレーになってしまった」岩本キャプテン
試合後の取材は勝った東洋大学の鈴木監督と大久保雅人キャプテンに集中し、グリッツ側への取材陣は2人のみだった。グリッツ岩本和真キャプテンは「とにかく悔しいですね……。まだまだグリッツの足りないところがすべての面で見えた試合だった。こういう結果が導かれた要因はやはり自分たちのホッケーをしっかりできていなかったことですね。ミスももちろん多かったですし、普段だとシュートを打つところ、しっかりパスを繋ぐところ、そういった細かい部分がいつもと違うプレーになってしまった」と言葉を絞り出すのがやっとだった。
続く土日は本来ならばこの霧降アイスアリーナでグリッツブルーのユニフォームが躍動していたはず……。しかし、グリッツの選手、スタッフともにリンクに姿を見せることはなかった。
「受けに回っても勝つ、と言えるほどの経験はまだなかった」
全日本選手権を終えて数日経ち、改めてグリッツの練習場を訪れてチームの生え抜き、デュアルキャリアの象徴的選手でもある濱島尚人に聞いた。なぜグリッツは東洋大に敗れたのか?
濱島は「答えるのが非常に難しい質問ですね……」とひとことつぶやいた後、時間をおいてから話し始めた。「東洋大が全力でぶつかってくるとは予想していた。その中で今までのリーグ戦などとは違う形、グリッツがチャレンジャーとしてではなく受け止める側としてのメンタリティーでプレーしていた、と感じるシーンは多かった。それが、経験不足なのかメンタルなのか……勝ちに慣れていないというなかで裏目に出たプレーがそこそこ見られたので……。試合展開としては予想の範囲ではあったがそこで勝ちきらないといけなかった」と冷静な口調で試合を振りかえった。さらに「東洋大の選手がよく走って運動量を武器にしてくるのは想定内だったが、個人スキルも非常に高かった。チームプレーとしても非常に統率された集団だった」と称えたうえで、改めて若さと勢いあるプレーでチャレンジしてきた大学生に対して、選手の意識が受け身になってしまったことを反省点として挙げた。
3-2と勝ち越しのゴールを決めたもののPSS戦では最後の選手となってしまった杉本は「正直、アジアリーグでいつも戦っている相手と比べると、学生相手ということで変に余裕を持ったプレーが増えて『これぐらいならできるだろう』との感覚でやっていた部分があったのが完全に裏目に出てしまった感じはあります。僕個人としては学生だからどうこう、というのは無かったですがチームとしてはそういう感じがあったのかもしれない、とは雰囲気的には感じました」と率直な思いを話してくれた。
会場入りが当日早朝移動の選手も。乗り越えねばならない“デュアルキャリアの現実”
選手の多くが普段は正社員として働くなか試合に出場する”デュアルキャリア”チームとしての宿命もあった。金曜日朝9時の試合開始に向けて前日入りできた選手と業務のため当日入りを余儀なくされた選手とでチームは分かれて日光入りした。当日入りでは午前4時や5時に集合し日光に向かった選手もいたと聞く。デュアルキャリアの現実を突きつけられた敗戦でもあった。
「僕も含めて、プロチームである以上それを言い訳にはできない。アイスホッケーにだけフォーカスすれば前日入りできることが好ましい。一方でデュアルキャリアでチームを立ち上げた時点からその事は分かっていた。その環境でも勝たなければならない方法をチームとして模索していかなければダメだとは思っています。何が正解かは分からないですけれども……」(濱島)
選手で1度、コーチで1度……2度大学生に敗れたヘッドコーチの言葉は?
全日本選手権でトップリーグのチームが大学生に敗れたのは92回におよぶ大会の歴史のなかで3度目となる。
1度目は1992年、第60回大会。その時は日本リーグ勢の雪印が明治大に下剋上を許した。2度目は2009年、第77回大会。アジアリーグ勢のアイスバックスが中央大に敗れている。そして3度目が今回東洋大に敗れた横浜グリッツだ。グリッツの岩本裕司ヘッドコーチ(HC)は1992年に雪印の選手として明治大に敗れた試合の当事者でもある。「いまだに学生に敗れたという事実は引きずりますよね……。学生に負けたというのは選手としての汚点であるという気持ちは今でも残っていますし……。周囲からどうしても声があがってしまうので、すごくイヤな思いはするとは思います」と過去の記憶がこびりついていると話す。しかしそれでも、岩本HCはなぜ東洋大に負けたのか? その戦術的理由を話してくれた。
「東洋大のフォアチェックがとても早かったというのは確かにあります。でも、それよりも本来ならコンパクトに5人の選手がパスを繋いで良いブレイクの形を作って攻めるべきところ、『点数を取らねば』という意識が強くなりすぎてみんなが“前に前に”と行ってしまい5人で作る形が大きくなってしまった。それで上手くミドル(=リンクをタテに三分割した想定時の中央のゾーン)を使えなかったうえに、FWとDFの距離が離れて生じた真ん中のスペースに東洋大の選手がスピードに乗って突っ込むことを許してしまった。それが一番の敗因かなと感じています」と振りかえる。「この試合では自分たちに余裕があったり、DFが良いパスを出してくれるだろうと早めにFWが判断して動いてしまったり……。アジアリーグの試合では『味方がミスをしたときのカバーに入ろう』という意識が非常に高いが、そこでの意識の試合が試合を通してずっと残ってしまったという所はあります」(岩本HC)
さらに岩本HCは全日本で学生と当たる試合だからこその、チームマネジメントの難しさを話してくれた。「(トップリーグのチームが)学生と戦うのはすごく難しい。本気を出さないわけではないけれども、いつものトップリーグのモチベーションでは入りきれないという所はある。僕自身もその点は心配して選手たちには『どことの対戦であろうともグリッツのホッケーをやろう』と伝えてはいたのですけれども……。選手はもちろんその気持ちでやってくれていたと思います。そこをしっかり出し切れなかったのは僕の責任だと思います」(岩本HC)
過去2度の下剋上とは違った”ファンの声”
1992年の雪印も、2009年のアイスバックスにも、大学生に敗れたことで今とは比べものにならないほどの厳しい批判がチームに浴びせられたことを記憶している。熱く応援するファンの思いとしてそういった声が挙がるのは必然だろう。
いっぽうで今回の横浜グリッツは、チームが敗戦当日に早くも公式サイトにて「横浜GRITSを応援してくださっている皆様へ」というステートメントを出した。
【横浜GRITSを応援してくださっている皆様へ】
https://grits-sport.com/news/10752
チケットも宿泊も予約して日光での試合を楽しみに来ていただいたファンの気持ちを思えばこそ、あのような声明を出す判断をしたとチーム関係者は語る。そして、敗戦への怒りがSNSにあふれるかとも思われたなか、この声明への反応は好意的なコメントが多くを占めた。
これは時代の変遷のせいなのか、横浜という土地柄の持つ気質なのか、横浜グリッツというチームの成り立ちをファンが充分に理解しているからなのか? それとも大学生とトップリーグのレベル差が縮まっていることを選手も関係者も含め言葉にはしないものの認めてしまっているのか? それは読者各位の判断にお任せする。
ただ、その”優しい声”に甘んじているチームではないことは、大多数のグリッツファンも分かっていることだろう。
「週末みんな色々と考えるところがあったとは思うが、ヘッドコーチも『気を取り直していこう』と気合いを入れてくれたので、立てなおして次の戦いへと臨みたいとみんなも切り替えはできています」(濱島)
「負けたという事実は変えられない。だからこそ次のジャパンカップの試合から『自分たちが何をできるのか』ということを氷の上で示し、『自分たちはまだまだ勝てるチームだ』ということを証明していくしかない」(杉本)
選手たちの言葉通り、この敗戦の痛みはここから勝利を積み重ねていくことでしか癒されることはない。この全日本で見事2連覇を達成したのは15年前に中央大に苦杯を舐めさせられ当時ファンから激しい批判を受けたアイスバックスだった。あきらめなければチームは変わることができる。
「難しい問題ではあるとは思うんですけれども……。完全にスポーツ1本でやっているわけではない以上、支えていただいている企業の皆さんにどれくらい理解をしてもらえるか? という部分もある。僕らにとって『仕事でもホッケーでも価値ある存在であること』が何よりも周囲の皆さんに理解してもらえる原動力だと思う。その点も改めてしっかり考え、コンディション調整やチーム強化に向けてできるだけのことに取り組まないといけない」(杉本)
「常に自分たちグリッツのホッケーをできていないという点が課題だったが、それができるようになってきたからこそ先週や先々週のように良くなってきたチームの姿がある。もう一度原点に戻って『横浜グリッツのホッケーを遂行する』ということを特に今週は心掛けて取り組んできた。敗戦を味わったものにしか分からない経験や悔しさがある。それを忘れずに、僕らは下を向かず次に進みます」(岩本キャプテン)
選手もフロントも悔しさを噛みしめて前に進み、それでもあきらめず愚直に、勝利に向けての”総合力”を挙げていくほかに頂上への道はない。