迫り来るプレッシャー。その暗雲を振り払い勇気を与えた小山玲弥の先制弾
デンマークに勝ち、降格のピンチも脱して準々決勝進出決定!
取材・文・写真/アイスプレスジャパン編集部
現地4月10日
女子アイスホッケー世界選手権トップディビジョン グループリーグ戦B組
会場:ADIRONDACK BANK CENTER(アメリカ・ニューヨーク州ユーティカ)
日本 3(1-0、1-0、1-0)0 デンマーク
ゴール:【日本】小山、高、浮田 【デンマーク】なし
GK:【日本】川口 【デンマーク】NORDSTROM
シュート数:【日本】28(8、12、8)【デンマーク】8(3、4、1)
左のゴールポストにパックがぶつかる瞬間を、殊勲の先制ゴールをあげた小山玲弥(こやま れみ)はその両目でしっかりと見ていた。それほど”ゴールを奪うことだけ”に集中ができていた。
「ポストに当たったのが分かったので『あー、ポストかぁ。外しちゃったなぁ』って」
その金属音は歓声に紛れて聞き取りづらかったが、確かに、聞こえた。
「でもゴール裏から(床)秦留可さんやディフェンスの(人里)亜矢可さんだったり、まわりのみなさんが先に喜んでくれたので『おおっ、入ったんだぁ!って』、めちゃめちゃ嬉しかったです」(小山)。
ポストに跳ね返ったパックが相手ゴールキーパー(GK)の背中に当たってゴールへ吸い込まれたことを小山は周囲の反応から気づいた。そしてチームメイトに囲まれもみくちゃにされた。
「やっと1点、今大会で得点に絡めたというのが、めちゃめちゃ嬉しい。何かしらで得点に絡みたいと思っていたので。結果として記録に自分の背番号を刻むことができたのがとても嬉しく思います」(小山)
いつも礼儀正しい言葉でインタビューに応じてくれる小山。そんな彼女の口から紡ぎ出された言葉はとても弾んでいた。
突如決定がなされた、「降格のプレッシャー」を乗り越えて
大会初戦の中国戦。延長でも決着付かずゲームウィニングショット(GWS)戦までもつれた試合を落としたことで、スマイルジャパンの選手たちに掛かるプレッシャーは例年とはまたさらに違う重さでのしかかっていた。
大会前の目論見とは展開が相当に変わった。
初戦白星の勢いを駆って、“ドイツ&スウェーデンとの試合は日本のストロングポイントをぶつけて勝つ”、というシナリオが中国戦の敗戦で消え去った。
選手たちは普段通りにプレーしようと試みるも、なぜかいつものキレがなかったり、ポストに阻まれたり、相手GKのスーパーセーブが連続したりとなかなか流れが来ない。
ドイツ、スウェーデン相手には先制逃げ切りというイメージを抱いていたが、結果は2試合とも得点を先行される結果となった。その流れでの3連敗。
「もやっとした何か」が日本を包み始めていた。
降格1⇒2チームに。急なフォーマット変更がさらに選手を追い詰めた
そんなプレッシャーにさらされるなか、スマイルジャパンはこの試合、その怖さと戦いながら序盤から積極的に攻めた。自分たちの周囲を包む「もやっとしたもの」を振り払うかのように。
練習試合で勝っていたとしても本番では、先に点を取られたら何が起こるか分からない。
試合前の時点で日本はグループ最下位の勝点1。
中国の3、デンマークの2を上回るためには60分できっちり勝つか、延長勝ちでは3点以上の得点をあげて勝利するしかグループ3位への浮上はない。厳しい状況に日本は追い込まれていた。
さらに「もやっとしたもの」が姿を見せた理由は直前の大会フォーマット変更にある。
大会前には「降格チームは1ヵ国。Bグループの4位と5位で順位決定戦を行い負けた方が降格」とアナウンスされていたが、大会直前あるいは大会スタート後に「降格チームは2ヵ国。B4位と5位はその時点で降格し順位決定戦はなし」というレギュレーションへの変更が、大会を主催するIIHF(国際アイスホッケー連盟)からアナウンスされていた。
もし、日本がこの試合に敗れるか、延長で勝っても2点しか取れなかったら……。中国にベスト8とアジアトップの座を譲り、来年は2部に相当する世界選手権ディビジョンI-Aにまわらなければならない。
大会前に通達があったのかなかったのか、などレギュレーション変更のディティールについては現在関係者に取材を進めているが、日本側にレギュレーション変更が伝わると、「え、そうなの?」と驚きを見せるスタッフとそうでない者と別れるなど、現場でも情報は錯綜していた。
それは現地アメリカで運営を行っているボランティアスタッフもそうで、この件について「変わった?」「変わってない?」と確認にスタッフが慌てて電話をかけるシーンもあった。
最終的に、報道陣にもレギュレーション変更は「Complete(完了)」と大会本部からアナウンスされたが、降格が絡む順位の3ヵ国、中国・デンマーク・日本の選手は気が気でなかっただろう。
最悪でも、もう1試合あると思っていたのが急に無くなったのだから。
チャンスを何度も演出した、ダイナミックで躍動感ある小山のプレー
話は試合に戻る。
ここまで日本のパワープレーでの得点確率は10%。得意のパワープレーで10回に1回しか点を奪えていなかった。もしこのパワープレーでも得点が取れなかったら……。
「もやっとしたもの」はどんどん広がり、スマイルジャパンの選手を包み込んでもおかしくなかった。降格へ誘う両手が、暗雲から伸びていた。
その「もやっとしたもの」を快い金属音とともに振り払ってくれたのが、小山の先制点だった。
姉・人里亜矢可が左サイドから右へパス。妹の床秦留可がそれを受けてゴール前へドライブしシュート。これには相手GKも弾くのが精一杯だったところを、最後に小山が詰めた。
小山がパスだと思っていたプレーは実はシュートのリバウンド。人里亜矢可&床秦留可の姉妹がスウェーデンに海外挑戦する前は、東京のSEIBUプリンセスラビッツで長年一緒にプレーしていた3人。
呼吸はぴったりだった。
「大会前の練習試合の時はデンマークに4-0で勝ち越していたので、日本らしいプレーをできれば、きっと勝利には繋がると信じて、第1ピリオドから頑張ってきました」
IIHF公式サイトよると小山の身長は”4feet、10inch”。
1m47cmの小山は日本チームのみならず参加10チームを見渡しても選手の中で最も小さい。
背の高いデンマーク選手と対峙すると小ささがひときわ目立つ小山の身体がこのユーティカのリンクで、走って、決めて、跳ねた。
第1ピリオド終了1分前には、小山がまたビッグチャンスを作り、ゴールこそならなかったものの、勢いを完全に日本に呼び込んだ。
志賀紅音と高が競演。美しいクロスの動きから追加点
スマイルジャパンの選手がイキイキと躍動した第2ピリオド。
志賀紅音が左サイドから相手ゴール前に切り込むと、逆サイドの高涼風があうんの呼吸で右から左サイドへ動くクロスの動き。
志賀(紅)はGKを充分に引きつけてから、反対側の高へラストパス。これを高が難なく決めて日本は2-0とリードを広げる。
「勝たないと降格、という試合。スタートから飛ばしていった。(自身のゴールは)志賀紅音さんのパスが完璧で、私は当てるだけでした。良いパスが来る、と分かって構えていたので得点に繋げられて良かったです。
降格したら日本には帰れない、というくらいに思っていたので今日の試合は大事でした。
3連敗で精神的にも辛く前向きになかなかなれない状況ではあったのですけれども、セットでのミーティングをしたときにみんなで『楽しんで試合をしよう』と確認し直して、前向きに、勝つことだけを考えてプレーしました」(高)
これで選手たちは降格への恐怖から完全に解き放たれた。その後はデンマークの反撃を守備陣が完璧に封じて、最後は浮田留衣がとどめのエンプティネットゴール。
最終的に日本は3-0での快勝を収め、非常に苦しかった今大会のグループリーグをなんとかB組3位で通過。ベスト8の座を死守し、準々決勝進出を決めた。
準々決勝の相手はA組1位のアメリカ。すべてをぶつける
高は「(アメリカは)強くて、パスもシュートも早くてついていくのも大変だと思いますが、そこでしっかり負けないでどれだけチャレンジできるか。挑戦する意味で楽しんで、スキがあったらゴールを狙いたい」と準々決勝へ向けての抱負を語ってくれた。
飯塚監督は「極力ペナルティを少なくして、オフェンスのゾーンで常にプレーしチャンスをつかんでいこうと選手たちには試合前に話した。そのゲームプラン通りに60分間しっかりプレーしてくれた。反則も0で、危険なプレーを極力しない上で良い時間帯で得点が奪えたのが大きい。失点をしなかったこともポジティブな内容として評価しています」とこのデンマーク戦を振り返った。
準々決勝のアメリカ戦に向けては、「ディフェンスは中1日おいて立て直すことができたと思う。選手たちも自信を取り戻してくれている。アメリカ戦では、シンプルにプレーして、守りのゾーンで過ごす時間をより少なくしたい。チャンピオンとの対戦は特に若い選手にとって非常に良い経験となることは間違いないので、彼女たちには今後に繋がっていくプレーというものを探してもらいたいと思っています」とスマイルジャパンのメンバーが何か成長のきっかけをつかむことができるのでは、という見解を話してくれた。
初戦の敗戦からの見事な生還。準々決勝のアメリカ戦はもう何も失うものはない。
呪縛から解き放たれたスマイルジャパンのメンバーが躍動する。