スウェーデン戦では2点差を追いつく粘りを見せたスマイルジャパン
床秦留可と伊藤麻琴。「逸材」と呼ばれた2人が辿るクロスロード

果敢に相手ゴールへと向かう伊藤。この試合のゴールを「きっかけ」としたい

取材・文/アイスプレスジャパン編集部

現地4月7日
女子アイスホッケー世界選手権トップディビジョン グループリーグ戦B組 
会場:ADIRONDACK BANK CENTER(アメリカ・ニューヨーク州ユーティカ)


日本 2(0-2、2-1、0-3)6 スウェーデン

ゴール:【日本】床、伊藤 【スウェーデン】 HEDQVIST、BOUVENGx2、SVENSSON、JOHANSSON、HJALMARSSON
GK:【日本】川口 【スウェーデン】SODERBERG
シュート数:【日本】22(5、4、13)【スウェーデン】43(13、21、9)

グループリーグ3試合目となったスウェーデンとの1戦。ここまで連敗スタートの日本は、序盤から相手スウェーデンの攻撃力に苦しめられ、第1ピリオドで2点を先制される苦しい立ち上がり。

しかし日本は第2ピリオド、スウェーデンの女子リーグSDHLのリンシェーピンで活躍する床秦留可が技ありのゴールを決めて追撃を開始する。

ピリオド終盤にはこの日、日本が得た3度目のパワープレーのチャンスに志賀葵、志賀紅音の姉妹によるアシストから、ゴール前で待ち構えていた伊藤麻琴が空中でパックをスティックで合わせて方向を変える離れ業ともいえるディフレクションゴールを披露。日本は18:22に同点へと追いつく。

しかし、その直後ゴールを決めた伊藤自身がペナルティーを取られてしまったショートハンドのピンチ。日本はSVENSSONに強烈なミドルショットを決められて失点し、同点で第3ピリオドを迎えることは叶わず。

第3ピリオドは、4分、10分と日本が耐えきれず先にスウェーデンに得点を許す展開。日本としてはシュート13本を放つなど攻撃を分厚くしたが、最後までゴールマウスを割ることができず最終的には2-6で敗れた。

しかしながら同点に追いつくきっかけとなった床、伊藤2人のゴールは非常に美しいゴールで、世界中の女子アイスホッケーファンや関係者に鮮烈な印象を残した。

悔しさを噛みしめるも「この敗戦の経験」が伊藤をより大きくさせる

「パワープレーで(志賀)紅音さんが本当に合わせやすいシュートを打っていただいたので、あとは自分が角度を変える形だったんですけど、決め切るというかうまくスティックを合わせることができて良かった。紅音さんのシュートが本当に綺麗で、水平にパックが流れてきたので自分はただ合わせるだけという形でした」と観衆を大いに盛り上げる同点ゴールを決めた伊藤。

ゴールシーンについて聞かれた際には充分な手応えを感じている表情だった。

しかし、そのゴール直後。失点のきっかけとなるペナルティーについて記者から質問されると、表情は一変。悔しさを噛みしめながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出すのが精一杯だった。

「自分がその後反則をしてしまって、相手にPKのチャンスを与えてしまったので。せっかく流れを変えたのに、自分の反則で相手に流れを与えてしまったので、本当にチームの皆さんに申し訳ないなと」

悔しさが表情からあふれた。

「本当にフィジカルのバトル1つ1つもそうですし、ルーズパックへの寄りの速さといった部分が、スウェーデンの選手に本当に上回わられていた。自分たちの競技力が、スウェーデンにはまだまだ追いついてなかったのかな、と思います」。

反省のコメントをとつとつと話す伊藤。責任感の強さからか、その目には光るものがあるようにも見えた。

しかしながら、スケールの大きなこの伊藤の同点ゴールは、「日本に伊藤麻琴という可能性にあふれた選手がいる」ことを世界に知らしめたといっていい。

「逸材」と若くして呼ばれた2人。交差する世界への道

世界に通用する逸材と若くして呼ばれた選手には、この日追撃の1点目をあげた床秦留可がいる。

北京冬季オリンピックには主力として出場を果たし、今大会も攻撃の核を担っている床。

現在は姉・人里亜矢可とともに、今回対戦したスウェーデン女子リーグ、SDHLのリンシェーピンで主力として活躍している床だが、彼女も過去には世界選手権の舞台で壁にぶつかりながらもそれを乗り越えて成長してきた選手だ。

床があげた日本の1点目は、ブルーラインからのクロスのパスをゴール前で受けつつ、まるで舞を舞うかのようにひらりと身体を開きながらパックをさばき、前に出てきたゴールキーパーの右足のさらに先からパックをゴールに流し込む、エレガントとも言える一連の動きから奪ったゴール。

パスにもシュートにも独特のリズムをもつ、まさに床秦留可ならではの得点だった。

「試合序盤はずっと押され、なかなか攻めることができないなかで第2ピリオドこそ先に点を取らなければいけないと思っていた。(自身のゴールで)そこはチームに勢いをつけられたのかなと思います」

と床はそのゴールシーンを振り返る。

そのうえで、「プレースピードであったりスキルであったりという部分で前2戦の中国やドイツよりも上だった印象です。(スウェーデンリーグでよく戦う相手選手に)試合後に『良いプレーだったよ』と笑顔で声を掛けられて。それは多少の嬉しさはある半面、そうやって声を掛けられるのはとても悔しい」と正直な気持ちを吐露し、次戦での巻き返しを誓った。

「久保英恵の後を継ぐ天才少女」と呼ばれた床(中央)も、世界選手権初登場時はその壁に苦しめられた

現在、スマイルジャパンで押しも押されもせぬ攻撃の中心的選手となっている床。そんな彼女の通ってきた道を歩もうとしているのが伊藤だ。

床は日本代表に初めて合流したころ。国内では他に並ぶものない逸材との評価をえて、マスコミから注目を一身に浴びていた。その評価の通り、国内では無双だった。

しかし、それだけの逸材と呼ばれた彼女ですら、いざ世界の舞台におりたってみると最初はぶ厚い壁に阻まれている。

2015年にスウェーデン・マルメで行われた女子アイスホッケー世界選手権トップDivでは、日本が残留をかけた順位決定戦に臨むなか、床はその前の試合で相手選手の強烈なチェックにあって脳しんとうの診断を受けた。

規定により出場を認められなかった床がその試合で高校生トリオと呼ばれた浮田瑠衣とともにスタンドから先輩たちの試合を観戦している姿が記者の目には焼き付いている。

そこから、何度も世界選手権に出るたびに床は成長した姿を見せ、今は世界トップレベルの女子選手の1人として高い評価を受けるまでに至った。

そんな先輩たちも通ってきた茨の道、ともいえるのがこの世界選手権トップディビジョン。

やはり世界の舞台はすんなりとは受け入れてくれないが、自らの意思でそこを乗りこえたときに輝ける地平は広がっている。

スウェーデン戦で伊藤があげたゴールは、床が自分との戦いに臨んで地道に力をつけ、世界に通用するレベルまで自らを引き上げた、その道筋と被る。

このスウェーデン戦が殻を破り、新たな伊藤の姿を見せるきっかけになるかもしれない、と記者は感じた。

2人がこの大会で力を存分に発揮する時がもうそこまで近づいている予感がする。

グループリーグ最終戦の対デンマーク戦で床と伊藤この2人の笑顔が弾けるシーンが見られるはずだ。

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