飛び出した選手たちはなぜクレインズの『除名』を求めたのか?
取材・文・画像/アイスプレスジャパン編集部
『なぜ、ひがし北海道クレインズに所属していた選手、そして監督自らが新チームを立ち上げ、クレインズを除名しよう、としたのか?』
今回の一連の「釧路問題」でIPJが一番疑問に感じていたのはその部分だった。
昨シーズンのプレーぶりからも彼らからはまったくそのようなそぶりなど見られなかったし、おととし(2021年12月)に長野・ビッグハットで行われた全日本選手権では、選手・スタッフ・フロントが一緒に笑顔で優勝を祝う写真にも収まっていた。
その写真からは苦しい環境を乗りこえて優勝を勝ち取った選手たちのみならず、それを支えた人たちの大きな喜びも読み取ることができた。
スポーツ、ことにプロであり実業団として存在するリーグには経済原理では割り切ることのできない「文脈」が存在する。それはクラブの歴史であったり、地元ファンとの強いきずなだったり、またそこにクラブがあることによってファンやその地域・ホームタウンに住む方々が持っているチームへの強いロイヤリティーであったりする。
別のクラブの話であるが、栃木日光アイスバックスのセルジオ越後代表取締役は5年ほど前に地元の支援者が開いてくれたバーベキューの場でこんな主旨のことを言っていた。
「スポーツのクラブというのは、地元地域の人たちが話題にし、一緒に応援し、そして地域の人たちを束ねてくれる存在。クラブがあるからこそ地域の人たちがこんなふうに集まれる。簡単には作れない大事なコミュニティーができる。だからこそそれを自覚して運営すべきだし、決して無くしてはいけないのがスポーツのクラブだよね」
IPJもセルジオ氏の意見には賛成だ。アジアリーグのチームはもっともっとそういう視点を持って運営すれば何らかの方向性が見つかるはずだし、それが地域との連携をさらに深めより愛されるクラブになるはずだ。
それゆえに、ほぼ全員でクレインズを飛び出して最初の一手からクレインズを除名するという動きにでた現・北海道ワイルズの選手たちの行動は理解の範疇を飛び出していたし、また釧路市民とクレインズの従来のファンには受け入れられないのではないか、とも思った。
4年前に日本製紙クレインズが企業チームとしての廃部を発表した後、当時の選手とボランティアとで集めたチーム存続への署名は10万筆以上あった。それから時が経っても選手たちがその事実を忘れているとはとても思えず、なぜ? という疑問ばかりが残った。
あるいは北海道ワイルズの山田謙治代表とその法務関連のスタッフが選手に知恵を付けたのか、とも考えた。それほどこの「クレインズ除名」はスポーツの文脈からははずれた行為に見えたからだ。
僕らは『クレインズ』の名でプレーしたい。捨てられたのは僕たちです
7月中旬、東京都内某所。私は、ワイルズ現代表の山田謙治氏、斉藤毅監督、そして大津晃介主将とテーブルを挟んで座った。雑居ビルの一室。外の気温は34度。強烈な日差しが窓から漏れてくるなか、インタビューは始まった。
挨拶も兼ねてのいくつかの質問のあと、タイミングを計ってIPJは一番疑問に思っていることを切り出した。
IPJ:「なぜ、クレインズの除名という手段を最初にとってしまったのか? これでアジアリーグ側も態度を強硬にしたし、ファンからもなぜ? という声が挙がっている。なぜその手を打ったのか聞かせてほしい」
その質問に対する齊藤監督と大津主将の答えは一貫していた。というか、中立の立場で聞いてもそれは一貫しているように思えた、というのが正確なところか。
あくまでワイルズ選手と監督の考えであり片面からの意見ではあるが、できるだけそのニュアンスを崩さず以下にお伝えする。
まず最大の疑問をIPJは2人にぶつけた。
IPJ:「今回の件は、チームに対しての部分と田中代表個人の資質に対しての部分があって、田中代表本人の資質については僕自身も取材を通じて疑問を持っています。しかしそれをチームとリンクさせてしまったことが良くなかったのでは、と最初にはっきり申し上げておきます。そのIPJの見解も理解していただいた上でおうかがいしたい。なぜ除名という手法をとったのですか?」
齊藤監督はこちらの目を見て言葉を放った。
齊藤:「一番勘違いしないでほしいのは、クレインズを除名したいんじゃない。クレインズを助けたかったんです。
僕らは今でもクレインズっていう名前が本当に欲しくて、できることならクレインズの名前でプレーしたい。ただなぜそれができないのか? それは(ひがし北海道クレインズ)田中茂樹現代表の1人会社であり1人役員だからです。だからクレインズの肖像権もあれば命名権、その他一切の権利は全部彼が持っている。彼からクレインズをもらうためには、今の借金を背負わなきゃいけない、それは無理なんです」
悲痛な叫びにも聞こえた。
「遅配がまた起こると分かっている会社で4年目も働きますか?」
続いて斉藤監督は2023年3月、今年春に起こった出来事について説明を始めた。
齊藤:「3月22日でした。釧路の行政の方も同席をするなかで、3年ぶんの債務超過が溜まりに溜まっているチームを助けるために、今ここにいる山田代表と2人の個人スポンサーが動きました。その時に今年2月に発覚した遅配分に当たる2カ月分のお金に相当する2000万を貸しますとスポンサーの1人が言いました。その代わりに、クレインズには外部取締役と内部監査を付けてこれからきっちり経理も見ていく形にしましょう、と。そして、釧路市の方々も呼んでいる席なので、皆さん、一緒になってクレインズを助けましょう。この今現在の財政からきっちりやりましょう、監査役は山田代表で良いですか? という話し合いを行いました。
そこで田中代表側もその3月22日には『了解した』という話し合いで終わりました。
ところがそのお金が振り込まれるという段になって、田中代表側はその内部監査と外部取締役を入れるという話を反故にしたんです。3月22日に話した内容は議事録に記録されているはずなんです。選手たちの生活、そして緊急性をかんがみて振り込みは行われましたが、その田中代表側の態度を見て2000万円出してくれたかたもこれは良くないね、と」。
IPJ:「その3月22日の話し合いでは、選手と監督のみなさんは田中代表が退くよう要求したんですか?」
齊藤:「いいえ、それは違います」監督はキッパリと否定した。
「あくまで田中代表のもと、監査を付けて社外取締役も入れることで、クレインズを救おうとしたんです」
ここで同席していた大津主将が発言した。
大津:「チームの債務が膨らむときには、選手に一番のしわ寄せが来るんです。給料の遅配については実は4ヶ月分です。この間、破産手続きをかけて(2カ月分を)払ってもらえたから良かった、というわけではありません。市の関係の方は、中立的な立場である以上、いやいやそうやって僕らにはその通りだと間違いないとは言うけれども、公の場では、いやそうとも言ってないかもねと、そういうようなニュアンスなんです」
ここで大津主将からIPJに質問が投げられた。
大津:「関谷(IPJ)さん。選手でありながら、私は父でもあって家族がいて。そのなかで、遅配ありきのチームに残る選択をまたこの4年目もするのか? そこはどう思いますか? もし、あなたが僕の立場ならどう選択しますか。4年目遅配になる可能性もほぼ100%のチームに、遅配確率100%の会社に、これから行きますか?」
IPJ「たしかに一般企業におきかえれば、私も退社を選んでいてもおかしくはない」
大津:「最初に関谷さん(IPJ)は、チームのことと田中代表個人のことを一緒にしたのがよくないということをおっしゃいましたけれども、クレインズが田中代表の1人会社1人取締役である以上、僕らとしてもそこを切り分けて訴える方法はなかったんです。
それから報道では今年の2月から遅配が始まったとされていますが、実は昨年12月の全日本選手権の時には選手にはすでに遅配が始まっていたんです。その中で、1、2、3、4月と給料が入らないなかで、ファンと子供たちのためだけに戦うんです。3月には『監督申し訳ないけど遠征から帰って2日間は休みにしてくれ、日雇いバイト行かしてくれ、1日8000円、1日1万2000円、これをやらないと1週間もたない』こんな状態でした。そんななかメディアは情報を知ってか話を聞きに来た。でもその時は選手としては戦い続けるなか『遅配はない、大丈夫です』と答えるしかなかった。
そんな状況がいっこうに改善しない。また、いろいろと話をしたいと訴えても代表と連絡が取れないレベルで話ができない。なのでクレインズで戦い続けたいけれども、オーナー権を持っている田中代表を単独で外せないからクレインズというチームを無くすしかなかった。これが除名という判断をした始まりなんです」
氷上ではとてもクールに見える大津がここまで熱く語る姿を見たのは初めてだった。
大津:「では、なぜ除名か。ぼくら選手はアジアリーグに参加したいんです。ただ今のアジアリーグの規約は、1人でもオーナーの反対がいたら通らない。『クレインズの財政面、今の債務超過を見てください』とリーグにそう訴えても通らない。ワイルズには日本代表もいるし、選手全員が離れても、リーグ規約だから、と認めてしまう。これはアジアリーグに所属する今の選手にとって、そして子供たちの将来にとっても、プラスかマイナスかと。明らかです。ただそこには規約がある。
本来メディアに一番僕らが訴えて欲しいことは、除名はちょっとひどいんじゃないか、ではなく逆なんです。選手にとって。本当に苦しいんですよ。遅配の間も僕らはなにも言えないんです。遅配のなかで練習に集まっても何のために僕らは練習をやるんだろうという疑問ばかり湧いていました。試合でもチームメイトに『そこはもっともっとハードチェックに行けよ、頑張れよ』なんて、生きていくことを考えたらとても言えないんです」
大津主将によると、昨季のプレーオフ準決勝の遠征費のために行われたクラウドファンディングのお金も、選手の給与にあてるべきではないのか、という意見も当時出たと明かした。
「遅配・未払いを繰り返すチームの存続を認める前例を作って良いのか?」
齊藤監督は選手以外の取引先や釧路アイスホッケー連盟への支払い、そして選手以外のスタッフへの支払いが滞っていることも明らかにしつつ、さらに言葉を繋いだ。
斎藤:『そもそもアジアリーグ側が、遅配が続いているのをわかったうえで(現クレインズを)リーグの規約だからという形で認めてしまうと、もし他のチームが今後にそういう状況になったとしても、『それらを一度認めたリーグである』、という前例が残ります。そうすると、一番のしわ寄せは選手と現場のスタッフに来ます。
プロアイスホッケー選手なのにプロではなくて、未払いのままでリーグ機構だけはそのまま。これで日本代表は強くなる? 日本のアイスホッケーは強くなる、と思いますか。子供たちは将来アイスホッケー選手になりたい気持ちを持ち続けられるのか? そう感じます。
他のスポーツを見てもらえれば、未払いや遅配が続いたチームは除名になっている。韓国のバスケもそうだし、日本国内の他のスポーツ競技もそうです。
自分たちの生活もあることは確かです、でもそうですけれども(クレインズの除名に至る選択は)10年後20年後の将来を考えて踏み出した一歩なんです」
ここまで記した内容は、あくまでワイルズの選手そして監督の立場からの2人の主張だ。また時間の制約上、まだ2人にぶつけられていない質問もあることは付記しておきたい。
前回にも書いたとおり、アジアリーグ側が規約にこだわるのは一定の理由があるし、過去の加盟申請については厳格だった。また、リーグのガバナンスの面でも簡単に新チームを認められないというのはリーグの立場として一理ある。
ただ、大津主将と齊藤毅監督の主張も一つの筋が通っている、と感じた。
なぜもっと早く事態収拾に動けなかったのか
なぜこの事態に至るまでアジアリーグは、また統括団体である日本アイスホッケー連盟は救済措置とはいかないまでも昨季までにひがし北海道クレインズに対して何らかの指導や仲介のアクションを取れなかったのか、また今からでも事態収拾の動きを見せられないのか、疑問は尽きない。
特に日本アイスホッケー連盟の動きは鈍い。たとえ、アジアリーグアイスホッケーは完全に独立した団体だとするにしても、日本代表クラスの選手が多く所属チームにいるトップリーグのトラブルをこのまま静観で済ませられるのか? 競技統括団体としての姿勢は問われるだろう。日ア連にはトップリーグ委員会もあるのだから。
アイスプレスジャパンのTwitter https://twitter.com/IcePressJapan/status/1678345460665450496?s=20 でもお伝えしたとおり、ひがし北海道クレインズ側からの発表は7月16日時点で何もなされておらず、取材に対する返答についてはメールでも電話でも連絡がないことは改めて記しておく。そのような理由で今回はクレインズ側からのワイルズ側に対する反論をこの原稿に反映する事はできなかった。
再三申し上げているように、IPJとしてはできるだけ中立の立場でこの件をお伝えする姿勢だ。そのため、ひがし北海道クレインズ側の関係者にはぜひ現在の状況をできるだけ早くファンはじめ釧路の市民のみなさんにお伝えしてほしいし、この原稿に対しての反論や主張もぜひお寄せいただきたいと思う。
※メールは icepressjapan@gmail.com で受付させていただいている
次回連載は北海道ワイルズの山田謙治代表へのインタビューを中心にお伝えする予定だ。北海道ワイルズが今後どんなチームを目ざしているのか、また今シーズンはどうやってチームを整備していくのか、そのプランを聞いた。またそれ以外にもさまざまな内容の質問も山田代表には投げかけた。
例えば……
北海道ワイルズのアジアリーグアイスホッケー加盟について今季は認められない可能性が高いが、その場合ワイルズはどうするのか。ワイルズの選手登録の現状について。資金面の保証はあるのか? 過去の市民チームのように数年でチーム運営が立ちゆかなくなるような危険性はないのか? またワイルズは釧路でのチーム作りにこだわっているのか否か? といった質問だ。
それとは別に、IPJとしては各方面の関係者の方々に新たな取材も試みつつ、それらの内容から見えてくるものをお伝えしていければと思う。
<第2回終わり>
<追加情報>
7/14(木)が第1次チーム登録の期限であることは第1回の原稿でお伝えした。7/11・12にひがし北海道クレインズが韓国でトライアウトを行ったという情報も入っているが、そのトライアウトが順調なら少なくとも選手リストはクレインズ側から7/14の時点で提出されているはずだ。7/17(月・祝)の海の日開けには何らかの発表がリーグかチームのどちらかからは発表される可能性が高いとIPJは見ている。
<編集部より>
第2回は状況の変化に伴い、当初予定していたアジアリーグ武田チェアマンの取り組み他を紹介する内容よりも優先して、ワイルズ側の意見を記事にさせていただいた。
第3回以降のどこかではアジアリーグの武田チェアマン側の取り組みも紹介したい。
武田チェアマンはいわゆる名誉職的な動きが中心だった過去のチェアマンとは違い、全体最適を考えて動いている人物だとIPJは感じているが、リーグの構造がもたらす色々な制約に直面し板挟みになっている側面も見て取れる。アジアリーグチェアマンは何もしない、というイメージが十数年来アイスホッケーファンの間で定着しているのは承知している。しかし、リーグが進化していくためにチェアマンによる新しい取り組みも始まりつつあることを知ってもらえればと思っている。
いずれにせよ、状況によってはこちらで予告した内容と違った記事になることを読者の皆様にはお許しいただきたい。IPJとしては、刻一刻と変わる状況を整理しつつ、できるだけ誠意をもった形で原稿をお届けすることをお約束する。