ALファイナル第5戦後の表彰式でトロフィーを授与する武田チェアマン(右・3月26日@韓国・アニャンアイスアリーナ)

武田芳明チェアマンは解任されるべきなのか?

取材・文・画像/アイスプレスジャパン編集部(以下IPJ)

アジアリーグアイスホッケーは7/17(月)に祝日にもかかわらず「ひがし北海道クレインズの今季(2023-2024シーズン)のリーグ戦不参加について」というプレスリリースを発表。ひがし北海道クレインズの選手登録条件が満たせなかった=今季参加への準備が間に合わなかった、としてクレインズの今季不参戦を発表した。

これにより9/16に始まる予定だった今季のアジアリーグは5チームでのリーグとなることが濃厚となった。

武田芳明(たけだよしあき)リーグチェアマンは先だって6/2に自身の名前を文末に記した上でのリリースで「ひがし北海道クレインズの給与遅配については、リーグとして早期の解消を強く求めて来たところでありますが、今般、同チームより報告の資金見通しに基づき、近々解消の見込みであることをリーグとして確認いたしました。また、合わせて、9月16日に開幕するアジアリーグアイスホッケー202324シーズンへの参戦の準備についても特段の問題がないことも確認しております」

と発表していた。しかし、これについてはこの連載の第1回で記事にしたとおりIPJは「アジアリーグの方々はクレインズ田中茂樹代表の言葉を信じすぎているのではないか?」という疑問をぶつけたし、その回答で武田チェアマンは「そこは超えられるだろうという判断をしている」と答えたものの、このような結果となったのは報道等で伝えられている通りだ。

6月のその段階でアジアリーグ、そしてチェアマンが本当に正確な情報を得てひがし北海道クレインズの状況を把握していたか大きな疑問が残る。またそのような希望的観測に終始したリーグ側の姿勢がクレインズ今季不参戦、そして5チームでのリーグ開始という事態を招いたのは間違いなく、それに対する責任を問う声が挙がるのは当然だろう。

また、開幕2連戦でいきなり相手チームが不参加となった横浜グリッツはもちろんのこと、既存5チームにとってはクレインズを迎えて開催するはずだったホームゲーム4試合が吹き飛ぶこととなった。
その分の入場料収入と冠スポンサーからの協賛金がゼロになるだけでなく、手配したリンク使用料、チケットの払戻手数料……その他のキャンセルに関する余計な出費も用意しなければならない可能性が非常に高くなった。これに対する各チームへの保証・補填はしっかり行われるのか、この点は今後注目してなければならないだろう。それほどまでにこの決定はアイスホッケー界に波紋を起こした。


7/17の報道を受けてSNSなどではファンからチェアマンの責任を問う声が挙がっている。また、アジアリーグは解散すべきだ、とか、日本リーグに戻した方が良いという声とともにチェアマン解任を求める意見も書き込まれるようになった。

たしかにチェアマンをさらし首にして事態が改善するならそうすべきかもしれない。
しかし、今回ここに至るまでの構造に目をこらしてみると、また違った事実も浮かび上がってくるのだ。

21年目にしてついに始まるか? アジアリーグのトップ営業

「アジアリーグのチェアマンなんてどうせ名誉職。数年名前を貸して任期が来たら終わり。リーグ改革なんて何もしないし優勝トロフィーを渡すだけの簡単なお仕事でしょ? 実際今までのチェアマンみんなそうだったよね」と冷めた思いでいるのは長くアイスホッケーを応援している方になればなるほど多いのではないだろうか。

過去の20年、リーグでチェアマンが主導して何か事がなされた、ことをファンレベルでほとんど感じたことがないのだからそれも当然だろう。正直に言って私も今年5月まではそう思っていた。“チェアマンなんてお飾りだろう”と。
しかし、あるアジアリーグチームの首脳に会ったさい、その言葉に驚かされた。

「武田チェアマンは今までのチェアマンとはまったく違います。かなり色々考えて動いてくれるチェアマンだと感じています」

その言葉に何か引っかかりを感じたIPJはあるラインを通じ、武田チェアマンが何をしているのか、また今のアジアリーグでこれから何をしようとしているのか、探ってみることとした。

「財務の専門家」武田チェアマンが描くアジアリーグの将来像

武田チェアマンは2022年8月2日、7代目のアジアリーグチェアマンとして就任した。当時のリーグによるプレスリリースでは「1954年3月29日生まれで王子製紙株式会社(元王子ホールディングス株式会社)入社 ※2020年まで、王子製紙イーグルス オーナー」(IPJ注:当時・原文ママ)と書かれている。

2022年8月30日にアジアリーグがアップした武田チェアマン就任のプレスリリース

そのほか調べると、2011年に王子ホールディングスの執行役員に就任。その後常務グループ経営委員を経て2017年6月に王子ホールディングスのコーポレートガバナンス本部長の職に就いている。その後子会社の代表取締役や三菱製紙代取副社長執行役員を務めたのち、現在に至る。

王子ホールディングス時代から財務畑一筋で勤務されており、企業の財務諸表を見るのはお手の物というような経歴だ。

武田チェアマンが昨季8月に就任してすぐに着手した作業が「アジアリーグ財務状況の洗い出し」だったと聞く。

「昨季は過去の財務諸表の洗い出しなど地道な作業を続けていましたね。一方で財務畑出身のせいもあってかアピールはとても苦手な性格です」とは近しい人によるチェアマン評。

実は2003年のリーグ発足から20年経った2023年においてもアジアリーグアイスホッケーは法人ではなく、任意団体のままである。財団法人はおろか一般社団法人でもNPO法人でもない。

そのような構造の中で逆によくぞアジアリーグは20年もやってこれたなぁ、というのが正直な感想でもあるが、とはいえ実現できるかどうかは別として、「アジアリーグの組織構造に興味を抱き、変えるべきなのかどうなのか」という疑問を持ったチェアマンは7代目にして初めてかも知れない。

IPJは6/27にリモートでのインタビューにてその部分に関するチェアマンの考えについて質問している。そのやりとりをご紹介する。

IPJ:「チェアマンが発信し、かつこのように取材に応じることは私が20年間アジアリーグを追い続ける中でも、なかなかなかった。アジアリーグはチェアマンの顔が見えない団体だったっというのはずっとある」

武田チェアマン:「はい」

IPJ:「それがためにファンも、それから選手もチェアマンが何をやっているか分からない、と。単なる名誉職なんじゃないの、というような認識があるがその誤解を解くことは非常に重要では?」

武田チェアマン:「その点については改善をしていきたいと思います」

IPJ:「チェアマンは財務の専門家でいらしてアジアリーグの財務面のいろいろな洗い出しをされているとうかがいました。ここまで20年間取材してきて、アジアリーグ独自で運営費を稼ぐ、お金を稼ぐ、そういう動きが全くなかった。そのあたりの改革に関して、これからの計画や動きがあればうかがいたい」

武田チェアマン:「それについてはもう決めています。20年間何もしなかったという指摘がありましたが、今年から始めることにしました」

記者:「どのような手法を?」

武田チェアマン:「ですから営業をかけます。いよいよお客様への提案書ができましたので、これをもって、お客様のところを回ろうと考えています」

記者:「チェアマン自らいわゆる『トップ営業』をかけるということですか」

武田チェアマン:「今までは『氷上の格闘技』という、ある意味使い回された言葉しかなかったので。アイスホッケーの魅力を再発見してもらおうということで、これはどちらかというとスポンサーというよりは、アイスホッケー関係者、プレーヤー、元プレーヤー、こういった人にプライドを持ってもらおうと。まずはそういう人たちに働きかけて、それから先のスポンサーに働きかけようという考え方で提案をまとめました。アイスホッケーの魅力である、スピードだとか爽快感とか、ぶつかり合いとか、試合展開の早さとか、観戦するときの一体感とか、このあたりを訴えかけていってキャッチコピーを作り、もう一度アイスホッケーの魅力を具体的に認識してもらい、それを他の人に伝えやすくしたい。そうすることによって、そのうち、協賛広告も取れるのではないかというふうに思っています。その手始めに来月から実際に、客先を回ってみます」

自主財源がない……アジアリーグと連盟に突きつけられた大きな課題

現在の日本社会においてスポーツに投資したいという企業は相当数あり、特にBtoB企業からの需要は根強く存在する。そのあたりの需要を上手く拾えているのがサッカーでありバスケットボールであり卓球でありバレーボールであり、といった他競技のプロやクラブチーム、そしてリーグの取り組みだ。
遅ればせながらアジアリーグアイスホッケーがそこに参入するという意思をはっきりと示したのは武田チェアマンが初めてだ。
釧路問題の対応でスケジュールは遅れているとのことだが、武田チェアマンの声かけで、実際にマーケティング人材を集めたチームを作り営業攻勢をかける、という計画があるとチェアマンは明かしてくれた。


所属チーム任せだったマーケティング。その状況を打破できるか?


なぜひがし北海道クレインズがここまで苦しい経営状況になったのか? また他の各チームも大変な思いで経営している状況になっているのか。
IPJは取材を進める中で、現在のこの状況に陥っているのは各チームだけの問題ではなく、アジアリーグが発足からまったくマーケティング面でアピールをできていなかった、否、していなかった点が大きな原因だったと考えている。
ここまではアジアリーグが主体となって冠スポンサーを取りその収益を各チームに分配するような取り組みはおろかその発想もなかった。リーグが主導して「アイスホッケーはこういう魅力のあるスポーツでこの部分を絡めれば御社の業績にも繋がるマーケティングができます」といったアピールをここまでまったく行わず進めず、集客もスポンサー集めも各チーム頼みにしていたところに大きな問題があった。

しかし、武田チェアマンはその点にメスを入れ、自らトップ営業を行おうとしている。この1点については評価できるのではないだろうか。簡単には支援者やスポンサーは見つからないかも知れない。しかし21年目にしてその1歩を踏み出そうとしていることは間違いない。
武田チェアマンの解任を求めるのはその結果を見たあとからでも良いのではないか。IPJはそう考える。

武田チェアマンになって改革が進んだ実例を1つ挙げたい。
毎年アジアリーグは日程発表が遅く、ファンのみならず各チームのフロントも困らされていた。しかし今季はチェアマン主導で5月の連休明けには日程が発表された。それにより、各チームは年間の営業計画策定が格段にやりやすくなり、冠試合の設定も安心してできるようになるなどプラスの効果があった事は間違いない。
残念ながらクレインズ不参加の件でその取り組みは裏目に出てしまったが、リーグ運営を進める方向性として間違いではなかった。

人的資金的リソースが少ないなか、チェアマンの「やる気」はリーグを変えるか?

改めてIPJは武田チェアマンに、これからのリーグ改革を見据えた計画を聞いた。

IPJ:「具体的にどのような改革を考えていますか?」

武田チェアマン:「今季からホームゲームの観客動員数について、目標を宣言して努力します。昨年の観客動員は国内で9万4000人、これをどんどん増やして当面の目標は15万人。1試合3000人には及びませんがまずは確実なステップを踏んでいきたいと考えています。そういうポテンシャルはアイスホッケーにはあると信じています」。

IPJ:「もう1つうかがいたいのは、アジアリーグは現状として社団法人でもなく財団法人でもないですね」

武田チェアマン:「法人化されていません」

IPJ:「任意団体です。それに関しては今後、手をつける予定はありますか?」

武田チェアマン:「はい。3年後に法人化しようということで準備を進めています。とはいえ法人化にはある程度の財務基盤強化が必要なので、先ほどのスポンサー回りを進めるとともに映像配信、アジアリーグアイスホッケーTVの売上を伸ばす必要があります」

IPJ:「映像配信に関しては、昨季突然に有料化が始まったという印象があり、もう少し整備が必要だったのではと考えますが。コアなファンを有料で囲い込んで小銭を稼ぐより、新たなスポンサーを集めるためにもっとファン層を広くとって無料で試合等を見ることができる部分を増やしていく必要があるのではとも考えますが、そのあたりアジアリーグTVに関してはどうテコ入れされますか?」

武田チェアマン:「ハイライトについては無料配信を継続しております。それから、突然始まった理由としてはコロナ補助金の最後のチャンスで有料配信に踏み切るタイミングを逃したくないということで始めた経緯だったことはご理解いただきたい。今季はそういう助成金はないですが、昨季の結果について月々のご契約の数は始まった9月から尻上がりに収入が増えてきまして、3月まで毎月毎月上がっていったということで、それなりの効果や評価、これはあったのかな、と。リーグとしては有料で続けたい。
コアなファンが自分の応援するチームの遠征での試合を見たい。あるいは行けないときの試合を見たいというニーズを満たすことができ、アリーナ観戦との相乗効果がかなりあるのではないか。今季7月からプロモーションを開幕までにやっていけば、ある程度の収入を確保できるのではないかというふうに思っています」

IPJ:「チェアマンのお考えはわかりました。ファンの立場から言えば、無料放送を利用してそれとSNSキャンペーンを絡めるとか、そういった部分の取り組みが必要ではと思いますが、CMなどを入れることもできない、ということでしょうか?」

武田チェアマン:「これからの営業次第ですが、大きなスポンサーが取れればそういうこともできます」

IPJ:「あと1つ。アジアリーグの決定方法として20年間合議制でやっている。また事務局機能も各チームから最低1人ずつ人を出している状態がずっと続いている。合議制だとどうしてもチーム間の利害関係が出てしまうし、事務方もそのような出向制だとスタッフは数年で元の企業に戻るので本気で改革しようとする人材が集まらない。逆にチェアマンのトップダウンで決めるような部分もあっていいのでは?」

武田チェアマン:「それはおっしゃる通りだと思います。事務局機能が貧弱なので、そこを強化するのがまず1番手。そうすれば合議制ではなく、ある程度方針を決めて進むことができる。今は、そもそもリーグとして何をやるかという中身そのものがない状況なので、広報であるとかマーケティングであるとか、こういうことに合わせて、事務局の機能を強化していきたいと思って今進めているところです。そういう意味からすると、やるべきことがたくさんあり、その割には事務局の手が足りないというそんな厳しい状況ですが、もう2、3年たてばしっかりしてくるのかなというふうに思っています」

参加各チームとリーグとが協力できるか? それこそが生き残りのカギ

アジアリーグアイスホッケーのリーグ規約第2節第12・13条にはチェアマンに関する規定がある。

第12条は「チェアマンは、リーグの最高責任者としてリーグの運営を管理統括するとともに、リーグ運営が円滑に行われるよう、各国連盟・協会、各国オフィス及びチーム間の調整を行う」とあり、また13条には「チェアマンは、アジアリーグアイスホッケーの運営に関する次の権限を行使する」と書かれその下に

① 総会及び実行委員会において決定した内容に従った業務の執行
② リーグ全体の利益を確保するためのリーグ所属の団体及び個人に対する指導
③ リーグ所属の団体及び個人の紛争解決及び制裁に関する最終決定
④ 総会及び実行委員会の招集及び主宰
⑤ その他本規約及び関連する諸規程に定める事項

という5項目の権限が記されている。

これを見る限り、規約上チェアマンにはかなりの権限が与えられていると読み取れる。特に②③の項目は、今回のクレインズの件についてもチェアマンがより指導力を発揮できてもおかしくない権限が与えられていることを示している。

しかし、合議制であること、また事務方も各チームからの出向で1枚岩でないこと、これらが遠因となって改革の障害となっていることは間違いない。
7/17のリリースをだすにあたり、本来は前日16日にリリースを出そうとしたが、内容で一部のオーナー側と揉めたため1日発表が遅れたという情報も伝え聞いている。まだチェアマンとオーナー会議との力関係は、チェアマン劣勢と言わざるを得ない状況でもあることを如実に示した事態とも言える。

その部分についてどう調整力を発揮できるか、はこれから武田チェアマンの腕の見せ所だ。

21年目にして最大の窮地を迎えているといっても過言ではない今のアジアリーグの状況で、「自ら動こうという意思を見せた人物がチェアマンの座にいたことが幸運だった」とあとで語り継がれるような結果をチェアマンが残すことができれば、アジアリーグが衰退から解体という憂き目に遭うことも避けられるかもしれない。
そのためには各チームの協力も必要だ。各チームも一歩俯瞰した位置に目線を置き、一度冷静になってリーグ全体の発展を考えて動いてほしいと願う。6/2の「特段の問題はない」というリリースでは、一部チームオーナーの意見が強烈に押し込まれたという情報も弊メディアは取材のうえでつかんでいる。

<第3回終わり>

<編集部より>
Twitterでもお伝えした通り、改めてひがし北海道クレインズには質問を送っている。その返答があればこの連載でもお伝えする。このまま沈黙をきめこんだまま事態が推移するのはクレインズにとってもマイナスだと思うので、ぜひ返答をお待ちしている。
再三申し上げているように弊メディアはできるだけ中立の立場からこの件に関してお伝えする、との姿勢は変わらない。

第4回は北海道ワイルズ山田代表へのインタビューを基に、現状ではアジアリーグ加入が認められていないワイルズが今季どのように選手強化をしていくのか、また資金調達をどうするのか、といったこれからに向けての取り組みについて紹介できればと思っている。

※状況によってはこちらで予告した内容と違った記事になることを読者の皆様にはお許しいただきたい。

<了>

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