「あのままの立ち位置で終わりたくなかった」"安泰"を手放し、相木隼斗が横浜に来た理由とは?

取材・文・写真/アイスプレスジャパン編集部
今季、横浜GRITSに新加入したFW相木隼斗(あいきはやと・背番号98)。前所属は皆さんもご存じの通りレッドイーグルス北海道。今年3月、本拠地・苫小牧で14年ぶりにアジアリーグを制し、悲願の2冠を達成したチームの一員だった。
しかしこの夏を経て、相木隼斗が身にまとうユニフォームは赤から一転。横浜の空や海をイメージした”グリッツブルー”に変わった。プロ契約という立場を自ら手放し、全選手が働きながらプレーするデュアルキャリアの横浜へ。9月12日の開幕を前に、その決断の中身を聞いた。
「やっと苫小牧で優勝することができた」 決断のきっかけは……『2冠』だった

インタビューは今年3月の話から始まった。多くのファンが長く待ち望んでいた、本拠地・苫小牧でのレッドイーグルス北海道の戴冠だった。相木はレッドイーグルス北海道のメンバーとして、プレーオフファイナルでもその鋭いスピードと熱いハートを武器にHLアニャンの攻撃陣に対峙した。そして献身的なチームプレーで14年ぶりとなるアジアリーグ優勝を引き寄せる役割を果たした。
「やっとか……、という思いでした。やっとこの苫小牧でチャンピオンになることができました。その瞬間は『苫小牧のみんなに優勝を見せることができたな……』という安心感がすごく強かったです」
先に3勝したチームがチャンピオンとなるプレーオフファイナル。敵地・韓国アニャンで2連勝し王手をかけて迎えたファイナル第3戦は延長オーバータイムに突入する大接戦となった。そして迎えた延長16分07秒。ついにレッドイーグルスがHLアニャンのゴールをこじ開ける。その瞬間、観客席からは色とりどりのテープが投げ込まれ、ワシスタント(レッドイーグルスファンの愛称)は歓喜に沸いた。

「やっとワシスタントの皆さんとホームで優勝できたっていうのが。『長くなってすみません』みたいな思いもあって。本当に、嬉しかったですね」
だが相木の心は、新たなステージを追い求めていたのかもしれない。
「そこで、ちょっと僕もなにか考えが変わったというか……。全日本選手権もアジアリーグも制して、優勝したからこそ、やっぱり自分自身、もっと成長しないといけないな、という思いもありましたし、まだまだ自分の可能性を信じてプレーしたい、という気持ちが芽生えてきて」そして、こう続けた。
「まあ、こういう決断のきっかけでもありましたね。優勝が」
「レッドイーグルスにいたら安泰だった」 それでも動いた理由

オフに発表された横浜グリッツへの移籍は多くのファンに驚きを持って迎えられた。
「僕自身、この先の競技人生……それこそ30代になった自分をイメージする中で『このままの立ち位置で終わりたくない』という気持ちが湧きあがってきたことが決断の理由です。それこそパワープレーにも出て、もっと得点を取れる選手になっていきたいですし、プレーの幅をまだまだ広げられるとも思っています」
さらに続く言葉に、この移籍の本質が垣間見えた。
「正直、レッドイーグルスにいたら、もう安泰というか……。ある程度、立ち位置は獲得できてはいたんです。でも、自分自身が『そんなんでいいのか?』と。まだまだ自分の可能性にチャレンジしたい、という思いには抗えなかった」
レッドイーグルス北海道ではプロ契約だった。横浜GRITSは、全選手が働きながらプレーするデュアルキャリアのチーム。環境は大きく変わる。不安はなかったのか?
「どれぐらい自分自身ができるのか楽しみですし、そういう環境にいてこその僕だと思うので。環境を変えることに不安は一切なかったです。大変なことは毎日多いですけれど、それでも本当にアイスホッケー選手として新たなことにチャレンジしていくのは楽しいので」
「氷には1時間しか乗れない。だからこそ質を大事にする」

相木の現在の職場は、東京・浅草の近く。車の板金塗装と修理整備を手がける会社で正社員として働く。朝、東神奈川や新横浜のリンクで氷上練習。終わればすぐ電車に乗り、1時間弱かけて東京の職場へ。帰宅は早くて19時過ぎになる。そこから軽くトレーニングをして、食事をし、次の日に備える。氷に乗れるのは、1日1時間。レッドイーグルス北海道のときとは、比べるべくもない。
「その1時間しか氷に乗れない、ことは分かってこっち(横浜)に来ているので。練習ではとにかくその『質』を大事にするようになりました。やっぱり考えて氷に乗れるようにしていますし、ある程度の基礎というか練習へ向けての準備については、レッドイーグルスでの9年間で学んできたので。1時間でどういう練習をするか、というか、なんかこう、その1時間を大切にするという意識ですね」
練習前の準備を変えたわけではない、と相木は言う。変えたのは、時間への向き合い方だ。
「練習前の準備とかは一切変えていないです。もう、いつも通りの準備と向き合い方なんですけれども、『1時間しかない』という制限の中で、どれだけ自分ができるのか? ということは良く考えています。無駄を省く、じゃないんですけれども、できる限り効率よくトレーニングをしていきます」
そして、はっきりとこう言った。
「練習量が足りないっていう言い訳はしたくないので。その1時間でも『充分すぎる練習をしたな』、と終わった後に自分自身が思えるような密度で練習をやり切るようにしています」
「パワープレー起用は、高校以来10年ぶり」 新しい自分に出会う日々

プレシーズンは4試合を戦った。相木はその期間を、自分のためではなく、周りを知るために使った。
「僕自身、長年、違うチームでプレーさせてもらっていて。今回、グリッツでやるにあたって、まずチームメイトと、この選手はどういう動きがしたいとか、この選手はこういうのが持ち味だ、といった部分を確認しながらのプレシーズンでの4試合でした。いろんな選手と組ませてもらって、本当にそれぞれみんなの良さをしっかり理解できたと思います」
今季横浜グリッツのフォワードは15人。開幕メンバーの争いは熾烈だ。相木自身も「アピールしているところ」と言う。
「今、僕自身、パワープレーで起用してもらっている。そういうところでのゴールやアシストといった、攻撃の力を求められている。そういう得点に絡むようなプレーを、今年はどんどん見せていけたら、と思います」
8月中旬に横浜銀行アイスアリーナで行われた練習試合では、そのパワープレーからゴールを決めた。
「結果が残っているのは、すごくいい流れかな、と。自分の中でも自信になりました」
このグリッツへの移籍が、相木隼斗の新しい一面を引き出すきっかけになるかもしれない。
「本当に僕自身、パワープレーに出るのが、高校以来10年ぶりなんです。なのでまだまだ学べる、成長できる機会だなと思って取り組んでいます。毎日が楽しいです」
「僕自身はもう優勝しか見えていない」 創設7年目の横浜グリッツを変えていく
チームに入って改めて感じた横浜GRITSの印象を聞くと、相木は笑った。
「あんまりイメージと変わらず。もう、すごい真面目なチームだなって。逆に言うと、その真面目さが、やっぱりプレーに出てるなっていうのがあって」
そんなチームに新しい風を吹き込む。外から来た人間の役割を、相木ははっきり自覚している。
「やっぱり一番は、結果を出すこと。僕自身が得点を奪っていくというのもそうですし、今までとは違うグリッツになるための手助けをしたい。チーム初となるプレーオフ出場はもちろん、優勝争いにも食い込んでいけるようなチームにしていきたい、という気持ちは強く持っています」
横浜GRITSは創設7年目。まだプレーオフ進出がない。その事実を、相木は外から見て不思議に思っていたという。
「どうして出てないのかな、っていう。すごく良いチームで、優勝争いしてもおかしくないチームだと、もうずっと思っていたので。今回、チームに入ってみて、『いや、全然、優勝を狙えるチームだ』と改めて感じました。プレーオフ進出という目標もありますけれども、僕自身はもう優勝しか見えていないです。創設されて7年目、そろそろ結果が大事になってくる」
強いチームに挑む——それは、相木にとって初めての立場ではない。
「強いチームに挑む、ということは、僕は本当に小さい頃からそういう選手だったと思います。道内の強豪校に勝ちたいっていう思いで、苫小牧工業に入ってプレーしていて、そういうチャレンジャー精神みたいなのは、僕自身、すごく強いので。強いチームに対しての戦い方というのは、ある程度分かっている。あとは、その戦い方をチームに浸透させて、僕自身が先陣を切って背中で見せていければ、と思っています」
横浜の地で”相木旋風”を巻き起こす

相木は今季、X(旧Twitter)でチームメイトを紹介する発信を続けている。理由を尋ねると、返ってきたのは意外なほど真っすぐな答えだった。
「本当に理由はなくて。僕みたいな、こう異端児が入ってきた時に、どんな感じの印象なのか。チームの選手のことを、ファンと同じ目線で、でも、ちょっと前より近くで見られているので、みんな良いところがあるんだよ、魅力がたくさんあるんだよっていうのを発信できたら良いな、という思いから始めました」
横浜の街には、まだ慣れていないと笑う。
「いや、全然なじめてないです。田舎を発揮してます。本当にキョロキョロしながら歩いてますよ」
Xでおすすめスポットを募集し、ファンから寄せられた場所を少しずつ回っているという。みなとみらい、海沿い、ハングリータイガー。北海道と横浜。アイスホッケーの置かれた場所の違いも、すでに感じ取っている。
「多分、熱が違うんで。北海道で通じた言葉というか、そういうのが多分、横浜ではまだ浸透してないと思うので、アイスホッケーというものがどういうスポーツなのか、横浜グリッツはどういうチームなのかという入り口の話を、いろんなところでもしていってアイスホッケーを横浜に根づかせていきたい、という思いがあります」
開幕はもう目前だ。
「ワクワク感は徐々に出てきました。ようやく開幕か、という思いもありますけれども……。やっぱり、もう開幕が来ちゃった、みたいなイメージの方が強いですね。でも、ファンの人たちも新しいシーズンを楽しみにしていたと思うので。僕のプレーを見てもらえる、と思うと本当に楽しみですね」
最後に、今季への意気込みを一言で、と促すと、相木はしばらく言葉を探してから、こう言った。
「”相木旋風”を巻き起こしていきたいと思います。ファンの皆さんが『本当に横浜に来てくれてよかった』と、思ってくれるような。そしてチームメイトにも、相木が来てくれて確実に強くなった、来てくれて良かった、と思ってもらえるような選手になっていきたいです」
相木隼斗がパックを持つと、チーム全体のスピードが1段階アップする。その瞬間の“凄み”をぜひ新横浜のリンクで感じてもらいたい。今季からグリッツブルーのユニフォームを身にまとった背番号「98」が横浜グリッツの新たな一面を引き出し、チームをさらなる高みへと引き上げていく。