輝いた日本代表の裏で…井上光明と相木隼斗、苫小牧残留組がレッドイーグルスにつけた勢い
取材・文・写真/今井豊蔵
アジアリーグアイスホッケー2023-24シーズン
2月17日@KOSÉ新横浜スケートセンター
横浜グリッツ 2(1-1、1-1、0-3)5 レッドイーグルス北海道
ゴール:【グリッツ】ラウター2【レッドイーグルス】三田村、中屋敷、相木、今、高木
GK:【グリッツ】石田【レッドイーグルス】井上
シュート数:【グリッツ】26【レッドイーグルス】45
今季初先発で初勝利をあげた井上光明…遠かったトップリーグ通算314試合目
「正直ホッとしてますよ。勝ててよかったと。それだけです」
今季からレッドイーグルス北海道でプレーするGK井上光明(いのうえ みつあき)は、新天地でのアジアリーグデビュー戦をこう振り返った。24セーブ2失点。第2ピリオドまでは点を取っては取り返されるという緊迫した展開だった。
「第3ピリオドに効果的に点を取ってくれたのが大きかったですね。最後は余裕を持ってプレーできました」と、周囲の助けにも感謝した。
アジアリーグでのプレーは、アイスバックスでプレーしていた昨年2月26日のひがし北海道クレインズ戦に、34セーブ3失点で勝利して以来。リーグを引っ張る強豪レッドイーグルスに移籍してからは、成澤優太と小野田拓人というGK2枚看板のサポートに徹してきた。
「もちろん、戦力になるという大前提で移籍してきました。でもメインになるGKが2人いるなかで、チームにどう貢献するかを考えてきました。試合に出られるとか、出られないではなく」
約1年ぶりとなるリーグ戦出場の前には、ベテランらしい読みも働かせていた。
「前回、新横浜の試合(12月4日)では負けていますし、グリッツはホームでノッてくる傾向がある。あと僕が初先発だという情報もありますから、序盤からシュートを打ってくると思っていた」
グリッツは昨年12月3日に挙げた初勝利が自信となったのか、レッドイーグルス戦でも引かなくなった。第2ピリオドまでをしっかり守り切ったことが勝利につながった。
この試合はアジアリーグ通算296試合目。新型コロナ禍の最中に行われたジャパンカップでの18試合出場をあわせれば、トップリーグ通算314試合めの出場だった。20年に及ぶこのリーグで、GKとしての出場数は橋本三千雄(フリーブレイズ)に次ぐ2位。ここまで出番を待ち続けたシーズンは、日本製紙クレインズ時代の2018-19シーズン、ドリュー・マッキンタイアのサブとしてシーズン1試合出場に終わって以来だ。
チームを渡り歩いて重ねた年輪「何度も失敗したのは本当に大きい」
「ここまで試合出場はなかったですけれども、その分練習はしっかりできていたと思っています。成澤や小野田よりレベルが落ちるGKではいけないと思っていますから」。
身長172センチという小柄な体で、チャイナドラゴン、ハイワン、日本製紙クレインズ、アイスバックス、そしてレッドイーグルスと5チームのゴールを守ってきた。 他のGKとはちょっと違ったキャリアの積み方と言えるだろう。
試合に出られるGKは1人だけ。若い選手がいきなりポジションを奪うことはほとんどない。どんな大物ルーキーも、下積みの期間を経てレギュラーを奪うのが常だ。その過程で消えていくGKも少なくない。それが井上はチャイナドラゴンとハイワンという発展途上のチームで、いきなり主戦の看板を背負った。
「若い時に色々な経験ができたのは大きいですよ。どれだけ練習したとしても、1試合で得られる経験とは全然違います。何度も失敗した経験は本当に大きい」
守り方をとっても、大きく変わった。
若い頃はいかに動いて、前に出てパックを止めるかということを考えていたという。それは幼き日に憧れた、ダスティ芋生(西武鉄道ー王子製紙)のスタイルでもあった。ただクレインズに移籍した頃から、日本でも完全にバタフライスタイルが主流となった。いかに動かず、シュートのコースを塞ぐ確率を高めるかが求められるようになった。所属チームに専任のゴーリーコーチがいるわけでもない中で「コンパクトに省エネに、いかに下がって止めるか」という変化も研究熱心さで乗り切ってきた。
チーム最年長の37歳。現役生活は終盤を迎えようとしている。そんななかで、GK出身の指導者という同伴者が現れたのも大きいという。レッドイーグルスの荻野順二監督はGK出身。しかもシーズンによってレギュラーも控えも、井上と同じように様々な経験をしてきた。 井上は今回の先発を申し渡された時、GK出身監督ならではの気遣いを感じたという。
「『任せたぞ』と。代表以外の選手でチームに勢いをつけたい、引っ張って欲しいとのことでした。やっぱり気持ちよく出られるんですよ。もしかしたら成澤も小野田も代表に行っていて、コンディションが……ということかもしれませんけど、言葉で本当にいい方向へ気持ちを向けてくれる。GKのことをわかってもらえているなと思います」と全幅の信頼を寄せている。
代表に呼ばれなかった選手で勢いをつけてほしい…指揮官の願いに応えた井上と相木
この試合の前週に行われた五輪3次予選に、レッドイーグルスからは実に8人の選手が日本代表として出場した。異例の3日連戦が組まれたこともあり、どこよりも消耗しているチームという見方もできた。そのなかで荻野監督は、代表に呼ばれず、苫小牧で練習を続けた選手がチームに勢いをつけてほしいと考えていた。守りで期待に応えた選手が井上なら、攻撃ではFW相木隼斗(あいき はやと)だ。
第3ピリオド5分、左サイドを駆け上がってFW入倉大雅とのワンツーを決め、ゴール前に飛び込みながら決勝点となる3点目を奪った。「僕らしいゴールだったと思います。泥臭く入っていくのが僕のスタイル」と胸を張る。
チームに活力を与えるのが、自分の役目と心得てのプレーだ。ひたすらに走り、当たり、シュートを打つ。このスタイルには代償もある。2020年には左肩を手術し、わずか4試合出場に終わっている。ただ「やってしまったものはしゃあないですから。なるようになると思って……。自分のスタイルを変える気はないです」。早いもので、入団7年目。体重が増えた分スピードも乗るようになっており「まだまだ成長期です」と言い切る。
この冬は、リンクを離れたところでも話題の人となった。昨年12月5日の早朝、苫小牧市内の自宅のすぐ近所で火災が発生した。この際に居住者の避難誘導を助けたとして、苫小牧市の消防本部から表彰されたのだ。
「1/7 相木隼斗選手 苫小牧市消防本部より消防長表彰状受領式実施のおしらせ」(レッドイーグルス公式サイト」
火の手がすぐに強くなる中で、身動きが取れずにいたおばあさんを抱きかかえて救助、さらに近隣住民の避難誘導を促したのだという。「今考えたら、メッチャ怖いですけどね。でもその時はそうは思わなかった。冷静に今何をすべきかと考えて、動いただけです。何よりも人命優先だと」。瞬間の判断が求められるのは、氷の上と同じだった。
「日々のホッケーも生きたんじゃないですかね」と笑う。
レッドイーグルスはレギュラーリーグ残り8試合で、勝ち点53の2位に付ける。首位のHLアニャンは勝ち点55で、10試合を残す。やや不利な状況ではあるが直接対決も4試合残っており、勝ち続けることで道は開ける。
「僕はいつもファンの皆さんに楽しんでもらいたいと思っていますから」と言う相木は、「ホームでプレーオフ優勝を決めて、みんなで喜びたい」という夢がある。それには日程上、レギュラーシーズンの優勝が不可欠だ。井上も「チームの目標がレギュラーシーズン優勝ですから。プレーオフがどこから始まるという前に、その目標に向けてきっちり自分の役割を果たしたい」。
ハンガリーから帰国した代表組が、まだまだ時差ボケがきついと口にする中での勝利。レッドイーグルスは選手層の厚さをまざまざと見せつけ、勢いに乗る。