移籍して「すごく良かった」
フリーブレイズ・矢野倫太朗が古巣グリッツに見せた意地の恩返し

ファンの応援に応える矢野。すっかりフリーブレイズの選手としての雰囲気が出てきた

取材・文・写真/今井豊蔵

アジアリーグアイスホッケー2023-24シーズン
10/14(土)@KOSÉ新横浜スケートセンター 観衆:615人

横浜グリッツ 3(1−1、1−2、1−2)5 東北フリーブレイズ
ゴール:【YGR】ラウター、大澤、鈴木 【TFB】矢野2、田中、ボイバン、ドゥピイ
GK:【YGR】小野 【TFB】畑
シュート数:【YGR】34 【TFB】45

昨季までの本拠地で決勝点含む2得点「やっぱり不思議な感じ」

今シーズンを前に、横浜グリッツから東北フリーブレイズへ3人の選手が移籍した。アジアリーグでは、チーム廃部などを除けばあまりないケースだった。

移籍後は5ゴール4アシスト。もちまえの攻撃力を開花させている矢野

そのうちの1人がFW矢野倫太朗だ。
昨季は27試合出場、ゴールはなく3アシストという成績にとどまった選手が、今季は全10試合に出場し5ゴール4アシストの大暴れ。うち4ゴールを古巣グリッツとの試合で挙げるという強烈な「恩返し」を見せている。

14日に新横浜で行われた試合でも、グリッツが1点を先制した直後の第1ピリオド17分10秒、ルーズパックを奪い敵陣に入ったFW所正樹が後ろに出したパスへ飛び込み、強烈なミドルショットで試合を振り出しに戻した。さらに、3−3で迎えた第3ピリオド12分42秒には決勝のゴールを決めた。移籍後初めて訪れた古巣のホームで、ひとり舞台と言える活躍だった。

「グリッツのファンにも拍手をもらえて、自然と気持ちが入るというか……。新横浜でアウェーとして試合をしているのはやっぱり不思議な感じでしたね」と試合を振り返った矢野は、新天地での変身の理由を「とにかく信頼されているのは感じます。ラインにしても、起用されるシフトにしてもそうですね」と口にする。ただそれは周囲の変化だ。自身の変化は、昨季から始まっていたのだという。

「ゼロからのスタートなので、とにかく集中して監督の求めるものを体現しようとは思っています。ただ正直、昨年も準備はできていたんですよ」

守れないという先入観からの解放、新天地で花開いたグリッツでの努力

チームが変われば求められるものも変わる。フリーブレイズ移籍は矢野の可能性を引き出した

グリッツ時代、最初に出会ったヘッドコーチのマイク・ケネディに「攻めはいいけれど、守りが課題だ」と言われたことがある。チームが生まれたばかりのグリッツは、とにかく守りを固め、得点はカウンターで狙いに行くというスタイルが長く続いた。その中で「守れない」という評価が付いた矢野の出番は、自然と少なくなっていった。

努力はしていた。現在つけている背番号「37」の由来でもある、NHLボストン・ブルーインズのFWパトリス・バージェロンのプレーを必死で見た。守りもできるFWになろうと頭を働かせ、練習でも常に全力、100パーセントを出そうと習慣づけた。その積み重ねが、先入観なく見てもらえる新天地で開花したのだという。

福岡出身で、北海道の苫小牧東高、関東大学リーグの中大とプレーを続けてきた矢野は、社会人になるときに一度はトップレベルのホッケーを諦めるという選択をした。当時は「そこまでホッケーしかやってこない人生で、世の中というものを見てみたい気持ちが強かった」のだという。そして中大で、先輩だった古橋真来(アイスバックス)、中島彰吾(レッドイーグルス)といった圧倒的な才能に触れたのも、その選択の理由だった。

それが就職後にグリッツと出会い、ホッケーを続けられること、自らに眠る可能性を知った。氷に乗っているうちに、よりホッケーに没頭したいという気持ちが芽生えた。今もグリッツで出会った「デュアルキャリア」は継続しているものの、アイスホッケーに費やせる時間は格段に増えた。働き方のバランスを変えてプロアイスホッケー選手という仕事を最優先にしている。

「移籍してすごく良かったと思っています。プロ選手を収入の柱にすることで、一切の言い訳ができなくなる」

新天地でどれだけポイントを伸ばせるか。矢野の存在はその背中を追う後輩たちの希望となっている

花開くことはできなかったが、グリッツがなければ現在、矢野倫太朗というホッケー選手は存在しなかったはずだ。「デュアルキャリア」が選手の可能性を伸ばした例の一つと言えるだろう。グリッツの浅沼芳征監督は矢野の活躍を「悔しいけれど、ああやって活躍してくれるのは嬉しいこと。知らない選手ではないだけに」とたたえた。

グリッツにとっては痛し痒しかもしれない。ただ混迷が続く日本のホッケー界の「伸びしろ」は、矢野のような選手をいかに氷上に残すかにしかないようにも見える。

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