初めて日本人選手が3人…HLアニャンが挑む大変革 ルーキー、ベテラン、海外組が感じた“異文化”

今季、HLアニャンには3人の俊英日本人選手が加入。彼らの活躍に大注目だ
左から榛澤、大津(夕)、竹谷。(韓国・アニャンアイスアリーナ/撮影:今井豊蔵)

取材・文・写真/今井豊蔵 

新卒で韓国へ…竹谷莉央人が味わうプロの定位置争い

 昨季のアジアリーグ覇者で9度目の優勝を目指すHLアニャンは今季、大胆なチーム編成に踏み切った。初めて日本人選手を3人獲得したのだ。過去にFW瀬高哲雄、DF尾野貴之ら日本人が主力として活躍したシーズンはあったが、在籍は1人ずつだった。その狙いと選手たちの声を聞いた。

「迷いましたよ。でも考えを変えたんです。HLも今は若い選手が必要です。競争こそがチーム力を上げるのではないかとね」

 日本人を3人も獲得した理由を、HLアニャンでチーム編成を担当するキム・チャンボム部長に聞くとこんな答えが返ってきた。韓国のアイスホッケー界が、人もお金も投じて強化を図った2018年の平昌五輪から、もう7年が経とうとしている。現在のHLアニャンは五輪を経験した選手と、その下の世代との間に大きな経験値の差がある。若い世代を引き上げるための競争相手として選ばれたのが、新加入の3選手だ。

 今春明治大学を卒業したDF竹谷莉央人(たけや りおと)は、トライアウトを受けてまで入団した。新卒の日本人選手がHLアニャンの門を叩くのも初めてだ。大学を出たらアイスホッケーはやめるつもりで、就職活動をして内定も持っていた。ただ「最後のインカレも勝てなくて、不完全燃焼だったので……」。ホッケーを続けたいという心の炎を、どうしても消せなかった。

竹谷莉央人選手。プロ1年目の壁にぶつかりながらも成長を続ける真っ最中だ

 明治大4年の時に行われた激励会で、韓国ホッケー界とつながりのあるOBと会う機会があった。「言うだけならタダだ」と考え、意を決して韓国でプレーを続けたいと伝えた。今年3月には迷った末に内定を辞退し、春はアルバイトを掛け持ちしながらトレーニングを続けた。ようやくテストを受けられたのは8月。5日間のテストで合格を勝ち取った。一度帰国し、開幕直前の9月に海を渡った。

 ただ合流してからは、プロチームならではの激しい競争に面食らっているという。竹谷はチーム9人目のDFとして契約。ベンチに入るにも居場所を勝ち取らなければいけない。開幕から4試合を終えたところで、出場は1試合だけ。「今までホッケーをやってきて、ベンチに入れるか、入れないかということはなかったので……」。白樺学園高でも、明治大でも1年から試合出場を果たした。順調なキャリアを歩んできたが故の悩みだった。

 さらに、言葉も通じない環境だ。「(イ・)ドンクさんとかみんな簡単な英語で話しかけてくれるんですけど、どうしたらいいのかわからなくて……。家に帰っても、すごくモヤモヤしています」。アジアリーグ史上、初めて韓国のチームに移籍した日本人となった瀬高哲雄(元西武鉄道→コクド、ハルラ、アイスバックス)が「家に帰ったら、NHKを見るのが本当に楽しみで…」と同じ顔をしていたのを思い出す。ただそこから瀬高は言葉を学び、どんどん居場所を切り開いていった。後にハイワン入りしたGK井上光明もそうだ。韓国へ飛んだ日本の若手が通ってきた道を、竹谷も歩いている。

大津夕聖が重ねた昔の自分「ずっとビデオを撮っていた」

 その竹谷に、アドバイスを送るのが日本代表DFの大津夕聖(おおつ ゆうせい)だ。昨季プレーした北海道ワイルズからいち早くHLアニャンへの移籍が発表され、開幕から1つ目のDFラインで出場を続ける。上位のラインで即起用できると実力を認められての移籍で、立ち位置は“助っ人外国人”に近いかもしれない。

 その大津は「(竹谷は)そういう時期なんです。僕もアイスバックスに入った1年目、8試合しか出られませんでした。ずっとスーツを着て、スタンドでビデオを撮っていましたよ」とルーキー時代を振り返る。同期入団はFW寺尾勇利。バリバリやっている姿とどうしても比較された。

 そこで大津が何をしたかといえば、練習でひたすらチームの主力選手へチェックに行くことだった。「飯村(喜則)さんとか斉藤毅さん、DFだったら尾野さんや高橋淳一さん。助っ人も(デイブ・)ボンクがいましたからね。当たりまくってましたよ」。まずはチーム内で認められなければ、出番はやってこない。「スキルはすごいですよ。スケーティングとか、韓国の選手にも全然勝てると思います。選手との間を詰めるタイミングとか、トップ選手にも劣らない」と評価する竹谷にも、体でのコミュニケーションを勧める。

今や日本代表DFの中核を担う大津夕聖選手だが、ルーキーシーズンは苦労もあったという

「言葉が通じなくて『うわっ』と思っているかもしれませんけど、先に体で示しちゃうとか。(戦術を書く)ボードだってあるんですし。アニャンの選手はみんな優しいですし、どんどん聞きにに行けばいいんですよ」。大津はすでに、英語と日本語、韓国語のチャンポンで若いDFを引っ張っている。その姿はもはや、DFのリーダー格にさえ見える。

 だから竹谷には、こんな言葉を贈る。「悩むのだって楽しいじゃないですか。ホッケーって楽しいなって言い換えられる瞬間ですよ」。自身も若いころから海外でのプレーを夢見ていた。「でも、どうしていいかわからなかった。福さん(GK福藤豊)に聞けばいいのかなと思ったこともあるくらいで……」。ついに得た環境で力を出し切ろうとしている。

日本代表のFW榛澤力「簡単には活躍できないリーグ」

 もう一人、開幕から主力セットで出場しているのが23歳のFW榛澤力(はんざわ ちから)だ。昨季まで米国のジュニアリーグや大学でプレー。ところがチーム事情で移籍せざるを得なくなり、米国ではうまく新天地が見つからなかった。欧州行きも模索したものの、こちらではビザがネックとなりアジアリーグ入りが浮上。ちょうど昨季レギュラーシーズンのMVP、イ・チョンミンの北米挑戦を受け入れたHLアニャン入りが決まった。

「しっかりコンタクトしないと結果を残せない」榛澤力選手はアジアリーグ入りして、そのイメージが変わったという

 いざアジアリーグ入りしてみると、抱いていたイメージが変わったという。「簡単には活躍できないと思いましたよ。プレースピードは速いですし」。ホッケー先進国から離れ、極東にポツンとあるアジアリーグは選手の入れ替わりが少なく、選手同士の仲が良すぎるという指摘もあるが「そんなことはなかったです。ヒットも食らいましたし、しっかりコンタクトしないと結果を残せない」。プロリーグの荒波にもまれている。

 2023年の世界選手権Div-IBでフルの日本代表に選ばれ、その後もコンスタントに代表で活躍するホープも、HLアニャンの強力FWには学ぶことが多かった。NHLのすぐ下、AHLのキャンプに挑戦するため、開幕4試合で退団したFWイ・チョンミンとシン・サンフンからは衝撃を受けた。「サンフンさんは僕と同じくらいの身長なのに、あれだけゴールする。短い期間ですけど見て勉強させてもらいました」。チームからは彼ら2人に代わる得点源として期待されているが、まだ応えられていないのがもどかしいという。

「監督にも、トップの(FW)6人には得点してほしいと思ってもらえています。まだ1ポイントしかないので、そう思ってもらえるうちにもっと責任を持ってやりたい。まずはDゾーンでしっかりチェックに行くとか。今季は自分が成長したと言えるシーズンにしたいんです」

 アジアリーグ通算451ポイントを残した元FWで、昨季からコーチとなったキム・ギソンは榛澤を「スピードもそうですし、持っている能力が高いのは良く分かる。今はセットの組み合わせの中で、自分がどう得点するか探している最中かな」と見守っているところだ。

 3人がHLアニャン入りする一方で、韓国からはDFキム・ドンファンが横浜グリッツへ、DFチョン・ホヒョンが東北フリーブレイズへ進んだ。国境を越えて求められる選手が、それぞれのチームをレベルアップさせる。韓国のチームがHLアニャンだけとなり、国際リーグの色が薄れかけているアジアリーグ。その中でも異文化にチャレンジしようという気概のある選手が、両国のホッケーに新しい色を加えてくれる。

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